2015年12月31日

続々々・38廃回

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38廃回の追っかけもこのカットが最後。
これまた大幅にワープして、一気に交流区間へ。
黒磯で牽引機がED75 759号機にバトンタッチされ、列車はひたすら東北本線を郡山へ向けて北上します。
38達にとっての最期の旅も、そろそろ終わりが見えてきました。

黒磯から1つ進んだ高久駅に来てみれば、ホーム端にはかなりの数の同業者さん達が。
これだけ注目を集めれば、最期に38達もさぞ満足だっただろうと思います。

朝の関東地方ではドン曇りだった空は、ここにきて気づいてみれば、青の要素が広がっていました。
冬のやわらかな夕日が列車を照らします。
38達に待つその後の運命を知っているせいか、それが余計に寂しさをかきたてます。
これが真夏の強い太陽光線であったなら、またちょっとイメージが変わってくるかと。

…過ぎ去っていく列車。
でもそこには、いつもすぐそばにいたディーゼルエンジンの高らかな音はありません。
38達は沈黙のまま、私たちの前から消えていきました。

東京東部に住んでいる私にとって、比較的近い距離にある久留里線。
気が向いてふらりと出かけてみると、木更津駅にはアイドリング音を響かせている国鉄メークのディーゼル列車が、いつも待っていてくれました。
音の割には鈍い加速。うす汚れた車体と前時代を彷彿とさせる車内設備。
どれをとっても、私にとっては非日常を感じさせるに必要十分な要素がありました。
新しい列車も確かによい部分がたくさんありますが、すべてが都会チックに仕上げられているそれには、ローカルな非電化区間に来たんだなー、という感慨がちょっと足りなく感じます。

…好みの問題でもあるのでしょうけど。

撮影データ:
2012年12月 JR東北本線 黒磯〜高久
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
posted by くろやっこ at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道画像(東日本)<JR>

2015年12月23日

続々・38廃回

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まだまだキハ38形の廃回を追いかけまわす旅は続きます。
前回公開した新金線から一気にワープして、東北本線の荒川にかかる橋梁にやってきました。
到着時にはすでに数人の同業者さんが待機中。初めてやってきた場所ですが、有名な撮影地だったんですね。

荒川は私の地元にも流れていますが、全幅1kmほどの大きな川の両岸には強固なスーパー堤防ががっちり守っている、といった様相を呈しています。
その上流は川幅も水流もこんなものなのか、と少々驚きました。
ただ、地元では東京湾まであと数キロという最下流に位置し、いくつもの川が合流して形成しており、名称も「荒川放水路」となっていますので、まぁ景色も違って当然か…と。

この写真を撮影した日はなんだかどんよりと曇りがちな天気でしたが、時と場所を変えていくうちに、次第に晴れ間が見えるようになってきました。
時間は午後3時前ですが、日の短い12月。少しずつ太陽が傾きつつありました。
そんな中、牽引機のEF65 1105号機のボディーの側面がちょっとギラリ。
キハ38形の車体も明るく照し出されます。
ステンレスボディーの新型車であるE130形が同じ状況になった時には、どのように写真映えしてくれるのでしょうか。

現役時代には数か月おきに見られた景色なのでしょうけど、まもなく見納めとなるとどうしても注目を浴びますね。
どうせなら廃回とは言わず、もっと前から追っかけしてみてもよかったかも知れません。
今後当分は、新型車が郡山に入場するために、同じような風景を見ることができます。
いくらでも見られる風景となると、いかんせん遠出するには腰が重くなりますが、数十年後を見通して、今のうちに撮影しておくというのも一つの手なのかもしれませんね。

ネタは人を呼びます。
…が、それがためにいがみ合いや、殺伐とした雰囲気の中での撮影になりがちです。
私個人としては、被写体が珍しくなくとも、まったりとマイペースに撮影する方が好きですなのですが、ネタはそれはそれで逃したくない。
まさにアンビバレント。
悩ましいところです。

撮影データ:
2012年12月 JR東北本線 蒲須坂〜片岡
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2015年12月21日

続・38廃回

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先日公開した、キハ38形廃回の続きです。

古巣、木更津を出てしばし。
新小岩信号場に到着したキハ38形は、ここまでの牽引機であるDE10とはお別れ。
ここから交直流の分岐点である東北本線の黒磯までは、新たにEF65 1105号機を旅の友とします。

内房線の撮影地から一気に追い抜きをかけ、新金線の高砂橋付近へ先回りしてカメラを構えます。
逆光のため前面は暗くなってしまいましたが、私にとってはこれはこれで味があると思いますし、記録としては十分といえる環境でしょう。

新金線は下町の住宅街をすり抜けるように走っており、鉄道用地であるはずのフェンス内側に家庭菜園があったり、洗濯物が干してあったりと、東京23区内にあるとは思えないほどローカルなムードが漂う路線で、キハ達にとっては郡山へ検査に向かう時に何度も通った馴染みの路線です。
しかし、ここを通るのは今日この時が最後。
二度と味わうことのない新金線のレールの感触をかみしめるように、ゆっくりとしたスピードで通過していきました。

話を牽引機の方へ移しますと。
旅客列車牽引用(P型)と貨物列車牽引用(F型)の両方の性能を持ち合わせている機関車を「PF型」と呼びますが、その最たる形式のEF65形1000番台は、寝台列車の消滅や新形式の車両が続々と登場している背景もあり、次第に数を減らしているとのこと。
この時の牽引機であるEF65 1105号機は、一時期廃車前提の休車状態になっていたそうですが、最近運用に復帰し、活躍を続けているそうです。
もしかすると、数年後には希少な形式になるかも知れません。
撮れるうちに撮っておきたいものですね。

撮影データ:
2012年12月 JR新金線 新小岩信号場〜金町
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2015年12月19日

38廃回

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久留里線で活躍していたキハ38形3両の廃車回送を、小櫃川にかかる橋梁にて。
列車は先ほど住み慣れた木更津を後にして、目的地であり最期の土地でもある郡山を目指して片道切符の旅に出たばかり。
まずは新小岩操へ向かうべく、ディーゼル機関車のDE10に牽引されて内房線を上っていきます。
現役時代には何度となく渡ってきた小櫃川ですが、それもこの日この時が最後。
自分の力で動くこともなくなったこの車両たちは、果たしてどのような思いでこの場所を通過していったのでしょうか。

国鉄メークの質実剛健なボディーや機関の造りですから、頑張ればまだまだ走れそうな感じもしますが、経年劣化もありますし、新型車両であるE130形100番台のきれいで上質かつ乗客にフレンドリーな造りの車内や、ピカピカのステンレスボディーとは比べるまでもありません。
さらに軽量化された車体構造や、効率的な機関のパワーと経済的な燃費をまざまざと見せつけられると、もはやキハ30系の居場所はないでしょうね。
…と思ってましたが、数両は水島臨海の手に渡り活躍している車両もあるとのこと。
さらに一部の車両は海外へ譲渡され、南国特有の高温多湿の厳しい環境の中、今も走り続けているとのことです。
いつまで持つかは向こうでの整備や使われ方次第だと思いますが、メイドインジャパンの看板と久留里線魂を背負って、末永く頑張ってほしいものです。

ちなみに牽引に使われているDE10 1202号機は、宇都宮運転所に配置されていた頃に越中島貨物線を走る姿をよく撮影したもので、個人的には馴染みのある機関車でした。
しかし2013年に廃車されたとのことで、もう二度と動く姿は見られないのかと残念な気持で一杯でしたが、その翌年諸事情があり車籍が復活。
現在ではなんと宇都宮から遠く離れた門司機関区で活躍しているとのこと。
また会いに行きたい気持ちはありますが、いかんせん遠くて…。運がよければ、いつか再会できるかも知れませんが。

列車という無機物にも、めぐりあわせや運命といった、人間くさいドラマがあるものですね。
それを感じるのも、鉄道趣味の深い味わいの1つであると言えるでしょう。
人によってはそんなことは無関心なのかも知れませんが、私には最高の演出であると感じられます。
私が鉄道趣味をやめられないのは、こういった点が垣間見えることが大きいと思っています。

撮影データ:
2012年12月 JR内房線 巌根〜袖ヶ浦
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2015年12月17日

DE10とロンチキ

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久しぶりに越中島線のショットを1枚。
長ーい編成のチキ(ロンチキ)にレールを積載して、一路新小岩を目指すDE10牽引の貨物列車。
越中島貨物駅にはレールセンターが併設されており、そこで造られたレールを全国(JR東日本管内)に送り届ける最初の場面になります。
果たしてこの積荷はどの地域のどの路線で使用されるレールなのか…そんなことを考えると、ちょっとロマンを感じてしまいますね。

この写真を撮影したのは「新砂跨線橋」という歩道橋から。
しかし近年老朽化の為に橋の通行が不可能となり、同じ写真を撮ることはできなくなってしまいました。
いいポイントだっただけに、残念至極です。

さて、この越中島線は以前(と言ってもかなり前)は小名木川駅に大きな貨物ターミナルがあり、たくさんの貨物を載せた列車が何本も行き来していたものですが、今はレール輸送の列車が1日最大3往復するだけという、ちょっと寂しい路線に様変わりしています。
しかしレールの需要はそれなりにあるのか、ロンチキに限らず短編成のチキに少しだけ荷物を載せてトコトコ走る列車も存在し、その変化が楽しさの1つになっていると思います。
また、長い編成はここで撮る。短い編成はこのポイントがいい。など、路線長の短い限られた範囲において撮影地を考えるのも、また一興ではないかと。
他にも、ディーゼル機関車DE10の細かな部分のバリエーションを比べたり、数か月に1度定期的に走る検測車など、視点をグッと下げて、噛めば噛むほどいい味を出してくる…。
例えどんな小さな発見でも、それが面白いと思えたらもう一流です。

ハマると意外と抜け出せない越中島線探訪。
撮影には自転車での移動をお勧めします。

撮影データ:
2008年12月 JR総武本線越中島支線 越中島貨物〜小名木川
Canon EOS KissDigital X + EF-S55-250mm/F4-5.6 IS
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2015年12月15日

蒲田電車区の主

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蒲田電車区わきの公道から、フェンスの網を上手くかいくぐって撮影した1枚。
京浜東北線の電車が手前から奥までズラーリと。
この頃(2008年)にはもう新型のE233系1000番台が次々と導入され始めている時期ですが、まだまだ209系も負けちゃいない!という感じが、この写真から読み取れます。
6ドアのステッカーが209系の目印になりますね。
気持ちの良い冬晴れの青空に、電車のラインカラーであるスカイブルーが一体感を与えてくれます。

京浜東北線は、2010年1月にE233系1000番台に統一され、かつてここにいた209系0番台と500番台は別線区へ移動して活躍(多くの209系0番台は改造工事を受けて千葉以東へ投入)していたり、一部の車両(主にサハや6扉車)は廃車になっています。

実は、個人的にはこのスカイブルーの209系が昔から大好きでして。
私が鉄に目覚めた頃の最新車で、当時ドはまりしていた「電車でGO!」にも登場する車種でしたので、今となってはショボい30万画素のコンデジを使ってよく出かけては撮影に勤しんだものです。
およそお見せできる出来ではありませんので、封印していますが。(/ω\)
今となっては京浜東北線の209系が活躍する光景を見ることができなくなりましたが、東京総合車両センターの入り口に当時の名残を残したクハ1両が保存されているので、毎年夏に行われる一般公開で懐かしむことができるのは嬉しいです。

ところで、蒲田電車区はまだ蒲田電車区と呼ばれていますよね。
最近は急ピッチで○○電車区が○○車両センターと改称されているので、ちょっと不思議に思っています。
個人的には「電車区」という響きが好きなので、今や少数派となってしまいましたが、蒲田「電車区」には最後の砦になってくれることを期待しています。|д゚)

撮影データ:
2008年12月 JR蒲田電車区(敷地外より)
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2015年12月13日

嗚呼ゲッパ

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廃車となる久留里線のキハ38を3両引き連れて、新金線の新中川橋梁を往くEF65 1118号機。
今回は廃回の話題ではなく、牽引する電気機関車にスポットを当ててみたいと思います。

みなさんすでにご存じかと思われますが、このEF65 1118号機は赤いボディーの側面に白い字で「EF65」と斜めのレタリングの入った、ジョイフルトレイン「スーパーエクスプレスレインボー」牽引用塗装の2代目で、その列車と共に一躍有名になり、「レインボー機」や「ゲッパ」のあだ名で人気を博しました。
同ジョイフルトレインや夜行列車の運行終了後は、工臨や臨時列車の牽引などを淡々とこなしながら頑張っていました。

ところが10月17日に高崎線内を単機で走行中、突然の車両故障を起こしました。
自走できない程のダメージだったようです。
救援の機関車が手配され、とりあえず数時間かけて尾久車両センターに戻りましたが、故障の度合いが甚大だったのか、それとも経年劣化している同機を今更修繕することは無駄だと判断されたのか。
今後ファンにとって価値の出そうなナンバープレートなどの部品が取り外され、11月26日に長野総合車両センターへ廃車回送されました。

その独特な存在感から、あまり機関車に詳しくない私にとっても、よく被写体に上がっていた同機。
もうあの姿を見ることができないとなると、残念でなりません。
何度も書いていますが、やはりどんな車両でも当たり前に走っているうちに撮影しておくべきですね。

…逆光で構図もいまいち、風景は何だかごちゃごちゃ。
もっといい写真があったと思いますが、タイムリーな時期に撮影した1118号機はこのコマしかありませんでした。(;´・ω・)
そのうち写りのいいものを見つけたら、また掲載して往時を偲びたいと思います。

撮影データ:
2012年12月 JR新金線 新小岩信号場〜金町
Canon EOS 7D + EF50mm/F1.8U
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2015年12月11日

地下鉄の車両基地

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2010年の「都営フェスタ」で公開された、馬込車両検修場にて。
検査ラインに入っている、都営地下鉄浅草線5300形のトップナンバーである5301編成を撮影しました。

この形式は東京都交通局所有の車両ですが、浅草線をはじめ直通先の京浜急行・京成電鉄・北総鉄道と幅広く運用されており、様々な場所で見ることができます。
地下鉄線内では駅の蛍光灯に照らされる様子が、また直通先では明かり区間となり、沿線風景のバリエーションは豊富ですが、検修場に置かれている車両の様子はそれらとはまた一味違う表情を見せてくれて、撮影意欲を掻き立てます。

右側に写っている、編成から切り離された中間車の様子も興味深いです。
普段外側からは見ることのできない、妻面の窓や貫通路の造りがはっきりわかります。
帯の塗装が妻面まで伸びていたのは意外でした…。

馬込車両検修場は、都営浅草線の本拠地。
車両の定期検査・通常の修繕はここで行われますが、大規模な修繕などは京浜急行の車両工場である「京急ファインテック」に委託しているようです。(その様子は以前記事にしましたので、よろしければ併せてご覧ください。

また、近年では都営大江戸線の車両も検修するようになり、それに合わせた設備が用意されています。
大江戸線はその特殊な構造から浅草線の路線を自走できないため、日本の地下鉄史上初の電気機関車である「E5000形」の力を借りて牽引されてくるそうです。
E5000形は以前の都営フェスタでちょこっと撮影しましたが、あの車両そんなにレアな存在だとは知りませんでした。
知っていればもっと細部まで、よい光線状態の下で撮影したかったのですが。

さて、5300形は1991年の登場から今年で24年が経過していますが、それでも古臭さを感じさせない外見や車内の構造は、さすがと言ったところです。
今のところ新型車による置き換えの話も出ていませんし、これからもまだまだ活躍するものと思われます。
私が初めてこの形式に乗車した時の感想は「VVVFインバーターの音が釣りかけ車並みに派手だな!」でした。
あの独特の音を発する電車は、多分どこを探してもこの5300形以外にないと思いますが、経年もありますし機器更新であの音が失われる前に、いつかいい環境で走行音を録音したいな、と思っています。

撮影データ:
2010年12月 東京都交通局 馬込車両検修場
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
posted by くろやっこ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道画像(東日本)<民鉄>

2015年12月07日

あらこんなところに

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房総半島を縦断する2つの路線である小湊鐵道といすみ鉄道が接続する、上総中野駅で発見した一品。
いすみ鉄道のホームと線路を渡ったところにある、古ぼけた乗務員控室(撮影当時でも使われている様子はありませんでしたが…)に置いてあったジョウロです。

「国鉄 勝浦運転区 千カウテン」と読めます。
こんな粗末なものですが、いすみ鉄道の前身が国鉄木原線であることを示す、希少な証拠と言えるでしょう。

JR木原線が廃止され、同時に第3セクターのいすみ鉄道が開業したのが1988年。
国鉄がJRに転換したのが1987年で、この写真を撮影したのが2000年ですから、この文字が書かれてジョウロがここで使用され始めてから、少なくとも13年以上の時間が流れているものであることが分かります。
13年前って…新しくはないけれど、ものすごく古いものでもないな、というのが率直な感想です。
詳しいデータがないので何とも言えませんが、もっと古いものであれば、それはロマンだなー、と。
なぜなら、国鉄木原線時代・JR転換後の木原線・そしていすみ鉄道と、3代に渡ってこの場所で列車の往来を見つめ続けてきた、歴史の生き証人なのですから。

それはそうと、なぜジョウロが乗務員控室にあるのかが気になります。
ただ草花に水をやるためではなさそうですし…。
夏場に熱くなったレールやエンジンに水をかけて冷やすのかな?と推測した方が自然かも知れません。

数年前、久しぶりに上総中野駅を訪ねた際に探したところ、このジョウロはなくなっていました。
何も考えずに、ただ「国鉄の文字がある!」という理由だけで撮影したのですが、今ではもう見ることはできないとなると、少し残念です。

撮影データ:
2000年12月 いすみ鉄道いすみ線 上総中野
Olympus C-3030ZOOM (C3030Z)
posted by くろやっこ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他画像(国内)