2016年01月31日

特急すいごう?

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朝の総武線を下っていく「特急すいごう」のヘッドマークを掲げた183系6連。
編成札に「23」の表記がありますから、幕張電車区(当時)の「マリ23」編成でしょうか。
車両前面に架線の、また側面には架線柱の影が落ちてしまっているのが、少々残念ですが。(;´・ω・)

「…ん? この時期に朝の下り『すいごう』なんてあったっけ?」
と思われた方もいらっしゃると思います。
実をいうと、この列車は東京駅終着の上り「すいごう」の回送列車だったりします。
普段は「回送」の幕に直してくるのですが、ごくたまに「すいごう」のヘッドマークを掲げたまま回送されることがありました。
これはその時の様子を撮影した、ちょっと珍しい写真なのでした。

「特急すいごう」は、国鉄時代に成田線経由の速達列車であった「急行水郷」を、特急に格上げしたことによって1982年に誕生しました。
当時の特急列車としては珍しく、グリーン車を連結しないモノクラスの6両編成で、本数も1日2往復のみの設定でした。
両国駅(後に東京駅)から佐原・銚子へ向かう列車ですが、すでに佐原方面へは「あやめ」、銚子へは「しおさい」がそれぞれ活躍しており、また運行本数の少なさから「L特急」の愛称は与えられず、その他の特急列車と比べるとかなり地味な存在でした。

その後は利用客の少なさから1日1往復に減便され、運行区間も佐原終着になるなど、もともと地味であった道をさらに転げ落ちていきます。
最終的には2004年に「あやめ」に吸収される形で「すいごう」の列車名は消滅しました。
先日記事にしましたが、その「あやめ」も後に消滅への道を歩むことになります。

また、2015年のダイヤ改正で、その他の房総特急「しおさい」「わかしお」「さざなみ」についても減便、運転区間短縮などの措置がとられ、千葉以東の特急事情は大きく変わりました。
主に高速道路網の充実化が図られたことが原因のようですが、自動車を持たない、また運転できないような交通弱者にとってみては「ずいぶん不便になった」と感じる他ないでしょうし、高速バスの台頭でJRの収入が右肩下がりになるとすれば、房総特急にはさらなる厳しい措置がとられることになるでしょう。

現在、千葉方面へ観光客を呼び戻すためのキャンペーンが盛んに行われていますが、はたしてその効果も如何ほどのものか。
今後の動向から目が離せません。

撮影データ:
2001年1月 JR総武線 小岩〜市川
Olympus C-3030ZOOM (C3030Z)
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2016年01月29日

夜の東京駅舎

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東京駅丸の内口の夜景を、バルブしてみました。
左寄りのドーム型の建物が、丸の内北口です。
レンガ造りの建物はライトアップされており、非常に美しい景色を生み出しています。
この駅舎は創建当初の形に建て替えられた(工費は500億円だとか)もので、2007年に着工され2012年10月に完成しました。ドーム型の駅舎も、この建て替えにより復活したものです。
それから3か月しか経っていない時期に撮影したものですから、美しいのもうなずけます。

撮影の時刻は20時40分過ぎ。
よくテレビで映る朝の通勤ラッシュの風景はそこになく、比較的静かな印象を受けますが、タクシーがひっきりなしに発着している様子を見ると、まだまだ東京駅は眠らない、といった感じです。

都内に住んでいると、通勤先がこのあたりに位置していることでもない限り、意外と東京駅の改札から出る機会がないものです。
乗り換えでは数えきれないくらい乗降しているのですが、こうして外に出てじっくり駅舎を撮影するのは初めてでした。

写真右側には窓がたくさんあり、カーテンがかかっているところもあるので、これが東京ステーションホテルなのかな?
都内に住んでいると、あえて東京駅に宿泊する機会も必要性もほぼないと思いますが、個人的には東京ディズニーランドのホテルと並んで、一度は泊まってみたい夢の一つでもあります。…どちらにしろ、都内に住んでいるのなら普通はウチへ帰りますからね。|д゚)

東京駅と言えば2014年に開業100周年を迎えましたが、その記念Suicaの購入をめぐって一波乱あったのは多くの方がご存じではないかと思われます。
結果、当初の発行枚数より大幅に増産し、希望者全員が手に入れられるようにしたようですが、2014年に予約したものが現在もまだ届かない人もいるとか。
Suicaはカード自体にデポジットとして500円がかかるシステムになっており、チャージ額を使い果たしても返品しない限りデポジットは戻ってきません。
これだけ苦労して購入した記念Suicaを手放す人は少ないでしょうから、JRにとってはデポジット額分丸儲け(?)となるのでしょうか。

それはさておき、復原された丸の内口はやはり美しい。
夜はそのライトアップにより美しさがましますが、明るいうちに撮影するのもいいかな…と思っています。
どちらにしろ、駅舎が1枚に全部収まる撮影スポットがどこかにあるといいなー…。

撮影データ:
2013年1月 JR東京駅
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2016年01月27日

冬枯れの夕方に200系新幹線

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一路新潟を目指し、京浜東北線の王子駅付近を通過していく200系新幹線の「とき331号」。
この列車は、登場時の塗装にリバイバルされたK47編成。
白いボディーにグリーンの帯が、第一線で活躍していた頃の様子を懐古させます。

200系は当初東北新幹線の花形列車「やまびこ」として、東京〜盛岡間をいつも突っ走っていたものですが、新系列の列車が登場するとじわじわと活躍の場を狭め、最終的には比較的列車密度が低く、速度をあまり要求されない上越新幹線での運用に落ち着きました。
しかし、東北新幹線においてE5系が次々に増備され、余剰となったE2系やE4系が続々と上越新幹線に入ってくる中、白羽の矢が年代物の200系に向かれるのは当然の成り行きだったのでしょう。
この写真が撮影された2か月後に、すべての200系は定期運用から離脱。
その翌月に、臨時列車である「さよなら200系号」で有終の美を飾り、多くのファンに惜しまれつつも引退していきました。

この写真を撮影した時間は、まもなく16時にならんとする頃。
日の短い冬。この時間に走行写真を撮影するとなると、どうしても露出が出ず。
かなり感度を上げての撮影となりまして、そのため若干ノイジーな画像になってしまいました。
画像サイズを縮小して、何とか見られる程度に落ち着きましたが…。|д゚)
陽の照り具合によるあたりの色彩が、暮れかかった夕方っぽく見えればこれ幸い。

高架下には王子駅前電停を出る都電7000形様子が。また、王子駅をはさんだ向こうの線路にはE231系の姿がうかがえます。
違う形式の列車が1つのカットに3つも映るという、なかなか「おいしい」写真になりました。
ただ、陽当たりの加減がイマイチなのが残念。もう撮影できない列車とのコラボだけに、余計に悔しさがつのります。
当時、すでに200系の運用は最後に残ったK編成のみでしたので「撮影の自由が利かなかったから」と納得するしかないですね。(;´・ω・)

春にはきれいな桜を見ることができる飛鳥山の木々は、さすがにこの時期は冬らしく寒々しい様子です。
そのせいもあり、全体的に色彩が地味というか…華がないですよね。

「なら前年の春や夏に撮っておけばよかったんじゃないの?」
「おっしゃる通りです(;´Д`)」

撮影データ:
2013年1月 JR東北新幹線 上野〜大宮
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2016年01月25日

True Blue

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JR鹿島線の鹿島神宮〜延方間にある、北浦を渡る長ーい橋梁のたもとにて。
どれくらい長いかを表現したくて広角で撮ってみましたが、見事に同じ造りの橋梁がスーッと一直線に伸びている様子がお分かりいただけるでしょう。
その長さは実に1236m。この単線のガーダー橋を列車が渡っていく様子は、一見の価値があると思います。
しかし、ここには風防のための設備などは全くなく、線路際のスペースも申し訳程度。
敢えて挙げるとすればちょっとした柵があるくらいで、よくこれで日々の安全が確保できるものだと感心してしまいます。

さて、この日の北浦は雲一つない快晴。気持ちの良い冬晴れの天候です。
風もあまり吹いておらず、水面に目をやると空の青と列車が映っています。
贅沢を言えば、もっときれいな水鏡になってくれればよかったのですが、そう簡単に上手くは行きませんよね。
ただ、まるで飛行機が雲の上を飛んでいるときに見られるような、どこまでも続く深い青色の空を見ることができたので、それだけでも満足です。

列車は始発駅である鹿島神宮を出発して間もない、E257系500番台の「特急あやめ号」東京行き。
1975年に登場したこの列車は最盛期で5往復の設定がありましたが、利用客の減少に伴い次第に本数を減らし、鹿島神宮発着の「あやめ号」は、最終的には朝の上り列車と夜の下り列車の1往復体制になり、ホームライナー的な役割にシフトしていきます。
その背景としては、沿線人口の減少、高速道路の延伸とそれに伴う高速バスの運行開始などがあり、特に高速バスは道路状況
がよければ「あやめ号」に乗るよりも早く目的地に到着できるなど、利用客にとってはメリットの大きいものでした。
結果、利用客の減少に歯止めがかからず、2015年3月には定期の「特急あやめ号」は廃止となりました。

個人的には、朝の下りと夕方の上りがあれば観光や乗り鉄目的で利用したかったのですが…。
「そんな列車に誰が乗るの?」と言われてしまえばそれまで。(;´Д`)
それと「あやめ号」ってきれいな名前だと思いますし、沿線住民の私は幼少の頃から見ていた列車なので、このまま完全消滅はいささか残念です。
せめて臨時列車としてでもその名を残してくれないかなー、と思っていますが、果たして。

撮影データ:
2010年1月 JR鹿島線 鹿島神宮〜延方
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年01月23日

どうなるDE10

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小難しい構図のうんちくなんてなんのその。
越中島線をゆくディーゼル機関車、DE10を真正面からズドーンとアップで撮ってみました。
たまにこういう写真を撮りたくなる持病を持っているんです…滅多に現症することはないんですけど。|д゚)

この写真の撮影地は、越中島貨物駅へ向かう際には最後に渡る踏切である、塩浜通りにかかる「新砂踏切」なのですが、ここから狙うと必ずバックに「DHC」の建物(倉庫でしょうか)とロゴが入ってしまうため、勝手に「DHCポイント」なんて呼んでいます。

時間は15時ジャスト。
日暮れの早い冬。もう1時間もすれば露出が厳しくなる時期ですが、ここで撮影するにはこの時間がベスト!
真正面にわずかに暮れかかる陽が当たって、とてもいい感じになります。
線形上、編成を撮影するには不向きですが、この便は単機での運行であることが確認できたため、この撮影地をセレクトしました。

DE10が排出する熱で、背景がかげろうのようになっているのがお分かりいただけると思います。
気温の高い夏期に望遠で被写体を狙おうとすると、必ずと言っていいほど発生して大変ウザいと感じられますが、真冬のかげろうはそれとはまた別格の味わいがあると思うのは…私だけでしょうか。

ところで、DE10 1665号機は、この写真を撮影した年の6月に秋田総合車両センターへ配給され、その後廃車となったようです。
…当時は全く気づかず、その情報を知ったのは、この記事を書くために資料をネットで探していた最中でのこと。
まさに今です。(;´Д`)
「来たものはみんな撮れ!」の精神で撮影していたため、PCの中を探せば同機が越中島線で活躍していた頃の写真がまだいくつか出てくると思いますが、何度も被写体として愛していたものがこの世から消えてしまうというのは、やはり残念ですね。

越中島線を走るDE10の配置先である宇都宮運転所からは、この形式のディーゼル機関車はじわじわと数を減らしつつあるようです。
この1665号機以外にも廃車になった車両がいくつかあるようで「あの時撮っておいてよかったー」と思ったことは、今回だけではありません。
DE10の後継車として有力であるハイブリッドディーゼル機関車が最近登場し、すでに運用に供されている場所もあると聞き及んでいます。
この越中島線にも、その新型車が闊歩する時代が来るのでしょうか。
心境としては、楽しみ半分寂しさ半分といったところです。

撮影データ:
2009年1月 JR総武本線越中島支線 小名木川〜越中島貨物
Canon EOS KissX2 + EF-S55-250mm/F4-5.6 IS
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2016年01月21日

末期のかしてつ

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石岡駅5番ホーム。
茨城のローカル線、鹿島鉄道線の乗り場です。
キハ430形の431号車が、アイドリング音を響かせながら発車の時を待ちます。
ここを訪れたのは、鹿島鉄道線廃止まで3か月を切った2007年1月。
冷たい雨が降る寒い日でした。
時期的にさぞ惜別乗車のファンが多く訪れていると思っていましたが、天候のせいか石岡駅発車時にはオールロングのシートはほぼ埋まっている一方で、立ち客はぼちぼちいる程度だな、といった感じでした。
きっと廃止が決定する前は、もっと車内はガラガラで空気を輸送していたみたいだったんだろうな…と想像できます。

もともと鹿島鉄道線は、航空自衛隊百里基地への燃料輸送での収入が大半を占めており、旅客輸送での収入はおまけ程度。
2002年にその貨物輸送が廃止されたのちは、一気に経営が切迫していきます。
その後、自治体や県などから公的資金を投入した経営再建の策がなされ、また廃止回避のために地元住民による対策協議会や応援団が結成されるなど、官民が一体となってバックアップしていきましたが、状況は改善されず。
結局、鹿島鉄道は2006年に廃止届を国交省に提出。
届出直後は第3セクターでの運行継続や、岡山電気軌道に経営を委託する案などが協議されましたが、どれも現実的ではないという理由で却下。
最終的に、代替バスによる輸送手段の確保という形で妥結され、鉄道線は同年度内に廃止されることが決定してしまいました。

話を写真の方に戻しますと。
もともとこのキハ431号車は、1957年に東急車両で製造され、富山県内にあった「加越能鉄道加越線(1972年廃止)」に導入された車両で、鹿島鉄道線には同線の廃止後に転入してきました。
当時流行していた湘南型の前面構造を持ち、全長16mというやや小ぶりのボディー。エンジンは少々非力な120馬力を出力するDMF13形を搭載。車体構造から冷房装置を装備することができず、夏期は運用に入らなかったそうで、どれをとってみても、非電化ローカル線に相応しい(?)造りとなっています。
撮影は2007年ですから、この時点で製造からちょうど50年が経っているという古豪でした。
鹿島鉄道には保存する資金も場所もないため、すわこの貴重な車両も解体かと思われていましたが、廃線回避に尽力した個人が設立した「鹿島鉄道記念館」に安住の地を得て、現存しているとのこと。

走らない車両とは言え、維持には莫大な資金が掛かります。
そんなものを個人で所有していることには驚きですが、鹿島鉄道線の生き証人として、末永く残ることを期待しています。

撮影データ:
2007年1月 鹿島鉄道鹿島鉄道線 石岡
Panasonic DMC-FZ30
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2016年01月19日

赤レンガの架道橋

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越中島線に残る、レンガ造りの架道橋の橋脚。

「張り紙禁止」の注意書きに残る「国鉄」の文字。
そして古いレンガ造りの壁一面に植物のツタがからみ、とてもいい味わいを出してくれています。
この写真を撮ったのは冬なので少々寂しい様子ですが、夏には緑の葉、秋には紅い葉がそれぞれ見られ、四季を通じて目を楽しませてくれます。
この架道橋がいつ頃に架けられたものかは不明ですが、かなり昔からここにあったようだと想像できます。

「庚申架道橋」と名付けられたこの建造物。
この架道橋がまたぐ細い道が、昔は「庚申道」と呼ばれていたことから来ているそうです。
「庚申道」の歴史は古く、明治時代に作成された地図にはすでに記載されています。
その由来としては、近くに「三つまたの庚申様」とも呼ばれた「庚申堂」というお堂があったことからきており、現在そこには青面金剛を浮き彫りにした庚申塔とお地蔵さまが祀られているそうです。
また、この道の中央には川があり、子供をたらいに入れて流すと厄払いになる、と信じられていたとか。
当時、その両岸には様々な店が軒を連ね、大変賑わっていたそうですが、それもすでにずいぶんと過去の話。
現在ではその川はとっくに埋め立てられ、辺りを見回すと住宅街のど真ん中。
この道も、川とその両岸に建物があったとはとても思えないほどの幅しかありません。
昔の景色とはがらりと変わりましたが、ただ一つ、この架道橋の名前だけが当時を偲ばせるものとなっています。

越中島線にハマっていた頃にはよく訪れた場所ですが、いざ写真を撮ろうと出向いてみるとクルマや自転車が置かれていたりして、大変悔しい思いをしたことが数え切れないほどありました。
最近はめっきりご無沙汰しているので、時間ができたらいずれ再訪してみたいところです。

ちなみにこの記事に書かれている情報は、架道橋の近くに地元自治体が設置した看板からもうかがえます。
要約して記事の一部にしましたので、もっと詳しく知りたい方や、このレンガ造りの壁に何か感じるものがあった方は、一度現地に足を運んでみてはいかがでしょうか。

…モデル撮影の背景にもいいと思うんですが、私にはその方向の伝手がないので。|д゚)

撮影データ:
2009年1月 JR総武本線越中島支線 小名木川〜新小岩信号場
Canon EOS KissX2 + EF50mm/F1.8U
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2016年01月17日

豪雪の中を

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猛烈に降りしきる雪の中を突き進むE231系。
撮影地は北国ではありません。東京都内です。

…思い返せば、この年の冬は非常に厳しいものでした。
2005年12月から2006年1月までの期間には、大寒波の影響で各地で記録的な積雪を記録したため、のちに気象庁はそれらを総称して「平成18年豪雪」と命名したほどです。
この日は都内でも10cmに届かんとする勢いで積雪し、雪に不慣れな都会の交通機関に大打撃を与えました。
視界は雪に阻まれ非常に悪く、運転士さんは緊張の連続でさぞ大変だったことでしょう。
乗降客の安全を確保するため、ホーム上に雪が積もらないよう頻繁に雪かきに駆り出されていた駅員さんの姿も印象的でした。

そんな中、ダイヤは大幅に乱れながらも運転を続けてくれたJR総武線の雄姿を1枚。
辺りの景色はモノクローム。列車前面のブラックフェイスには、ひっきりなしに落ちてくる雪の白い色が対照的です。
色彩といえば、前照灯とLEDの行先表示、それに総武線のラインカラーであるカナリアイエローだけ。
雪は冬の季節感を演出するには最適な天候ですが、いくらなんでもここまで大規模な仕掛けは要りませんよ…お天道様。(;^ω^)

撮影にも、大変苦労した記憶があります。
当時使っていたカメラには防滴性能がなく、濡れるとすぐ逝ってしまいそうでしたので、列車が来る直前になってから屋根のない撮影位置に移動…といったことの繰り返し。
ピント合わせもオートフォーカスはほぼ使い物にならず、かと言ってマニュアルで合わせるにも視界が悪すぎてどうにもならない状態でした。
今どきのデジタル一眼レフカメラのように、ファインダーの画像を拡大して確認できるライブビュー機能が備わっていればまた違うのかも知れませんけど…。
結果として、一番マシだった写真をここに公開することにしましたが、これも列車にピントが合っていればいい写真になっていただろうなーと思うと、自分の腕のなさを呪うしかありません。(;´Д`)

冬と言えば…1月も半ばに入り、季節はとうに真冬と呼ばれる時期ですが、今年は(東京では)比較的暖冬傾向ですね。
過ごしやすいのは大変ありがたいのですが、冬は冬なりに寒くないと。なんというか、季節感がありませんよね。
今年は雪の降る風景と共に、列車の写真が撮れるでしょうか…ちょっと心配です。

「…なら北国へ遠征すれば?」
「おっしゃる通りです(;´Д`)」

撮影データ:
2006年1月 JR総武線 新小岩〜平井
Panasonic DMC-FZ20
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2016年01月15日

いーご、いーさん

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青森・秋田からの長い旅路も、残りあと少し。
10両編成のE5系「はやて」に6両編成のE3系「こまち」を併結した、16両編成の「はやて・こまち18号」がやってきました。
東北新幹線の大宮〜東京間の最高速度は110km/h。
並行する在来線よりもちょっとだけ速いスピードで、終着である東京駅を目指します。

E5系のひときわ目を引く濃いグリーンと、E3系の白を基調としたシンプルな色彩の対比が印象的です。
ただ、この写真を見る限りでは、駅などで見かけるE5系と比べるとちょっと印象が違う感じですね…。
ブルーメタリックっぽい色彩に見えるのは撮影条件のせいでしょうか。

さて、このE5系。
2010年の新青森駅の開業とほぼ同時期(数か月遅れ)に、東北新幹線の新しい列車名「はやぶさ」として運行を開始しました。
この形式には斬新な点が多数あり注目を集めましたが、その中の1つにグリーン車よりもさらに上位のグレードである「グランクラス」の設定があるでしょう。
定員は1両にたったの18名。専属の客室乗務員が添乗し、無料の軽食やドリンクサービスの他、様々なアメニティグッズが提供される、まさに夢の列車を絵に描いたような特別な空間を演出してくれます。
ただし、客室乗務員のサービスが行われる場合で701km以上の距離を乗ると、普通車より1万円以上高くなるため、これもまた別の意味で夢ですね…。(;´・ω・)

さらに「ネコ耳新幹線」の愛称で親しまれた試験車両「FASTECH360」で得られたデータを用い、最高速度320km/hでの運転が可能という点も見逃せません。
写真の秋田新幹線用E3系と併結する場合は、E2系と変わらず275km/hでの走行となっていましたが、2014年にE3系がE6系(登場時の名称は「スーパーこまち」)に統一されると「はやぶさ・こまち」として、異形式同士の併結ながら320km/hでの走行が実現されました。

今後の東北新幹線では、山形新幹線用の「つばさ」と秋田新幹線用の「こまち」以外のすべての車両を新型車両(E5系?)に置き換える予定だそうです。
現に「はやぶさ」での運転はもちろん、「はやて」「やまびこ」「なすの」などの列車にも充当されており、車両統一が実現化しつつあるのがわかります。
さらにE5系をベースとした北海道新幹線用の「H5系」にも技術が引き継がれており、さらなる活躍が期待されます。

ちなみにこの写真にあるE3系は秋田新幹線としての運行をE6系にバトンタッチし、現在では一部の「やまびこ」「なすの」でE5系の増結用として使用されています。
そのため、これまで指定席車用とされた車両も全車自由席車両となり、車体側面の「こまち」のロゴも消されてしまっているとのこと。
個人的にはE6系のド派手なカラーリングより、E3系の控えめな色彩の方が好きだったりしますが…。|д゚)

運行形態は変わったものの、写真のようにE5系にE3系を併結した列車はまだ見られそうですね。
諸行無常。今あるものもいつかは見られなくなるのは世の常ですが、楽しめるものは楽しめるうちに楽しんでおきましょう。
乗るのももちろんいいのですが、こうして写真に記録することでも十分楽しめる。
これが鉄道の醍醐味の一つではないかと思います。

撮影データ:
2013年1月 JR東北新幹線 大宮〜上野
Canon EOS 7D + EF70-200mm/F4L USM
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2016年01月13日

残されたもの

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打ち捨てられ朽ちた木製の看板の上に、黒猫が1匹。
「関係者以外立ち入り禁止」の旨が読み取れるその看板の文字に目をやると「小名木川駅」の表記が。
それが過去、ここに貨物駅があったことを証明しています。

小名木川駅は2000年の駅廃止まで、東京東部における貨物列車の一大拠点として栄え、越中島線にはひっきりなしに貨物列車が往復している様子がうかがえたそうです。
貨物輸送以外にも、過去に車両製造工場が近くに存在したため、蒸気機関車のD51が0系新幹線を牽引して輸送していたという、今では考えられない程の隆盛を誇った時期もありました。
広大な敷地を持っていましたが、駅廃止後それらの跡地にはマンション群や大規模ショッピングセンターが建設され、現在に至っています。
貨物輸送の機能は隅田川駅に移管され、完全に列車の行き来がなくなってしまったように思えましたが、現在は元の待避線を使用して、越中島貨物駅から新小岩信号場までのレール輸送が1日最大3往復しています。
小名木川駅は越中島貨物駅の構内となり、レール輸送の列車はここから(ここまで)入れ替え扱いとして運転されます。
そのためここには操車掛が常駐しており、そのための建物がこぢんまりと残されています。

この写真を撮影したのは小名木川駅が廃止されてから8年以上の歳月が経ったころ。
ギリギリの状態で文字が残されていたことは、まさに奇跡的であると言えましょう。

…越中島線は、これからどのようになっていくのでしょうか。
肝心のレールセンターが移転すれば、この路線の役割は完全に失われるでしょう。
以前より旅客化が一部の近隣住民の中で要望されているようですが、関連企業などの態度は消極的のようです。
良い形で残ってくれれば言うことなしですが、とりあえずはレール輸送のみであっても末永く活躍してくれるよう望みます。

撮影データ:
2009年1月 JR総武本線越中島支線 小名木川
Canon EOS KissX2 + EF50mm/F1.8U
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