2016年07月31日

埼京線、あの頃

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川越線直通の快速電車として、東北新幹線に併設された高架線を一路北へ向けて快走する、埼京線の205系。
川越電車区(現:川越車両センター)のトップナンバーである「ハエ1」編成です。

この頃(2001年7月時点)埼京線で運行されていた列車は、そのすべてが205系。
当時、前面・側面の行先表示にはすべての車両で方向幕が使用されており、サハ204形(6扉車)の組み込みもまだ行われていませんでした。
また、路線も恵比寿駅までの暫定開業状態で、大崎駅延伸と共に行われることとなる、りんかい線との相互直通運転はもう少し後の出来事になります。

さて、この編成。
前面の様子を見ると、字幕での列番・行先種別・路線名表示を、今となっては懐かしく…もしかしたら新鮮に感じる方もいらっしゃるかも知れませんね。
6扉車の組み込みを表す「6DOORS」ステッカーがまだ貼付されていないのも当時の特徴で、この点から転属元となる山手線ではまだ205系が現役で活躍していたことを読み取ることができます。

埼京線の電車について行先表示のLED化が行われるのは、2002年11月から。
同年12月に控えた大崎駅延伸とりんかい線との相互直通運転をにらんでのことで、それから順次全編成に対して切り替え改造が行われ、数年のうちにほぼすべての車両にLED表示機が搭載されるようになりました。
「ほぼすべて」と記述しましたが、これは一部のサハ205形に対しては改造が行われなかったためです。
この措置は、近々のうちに山手線からサハ204形が転属してくることが決まっていたためで、この計画が完了すると同時に、本当にすべての車両がLED表示になりました。
そのため、一時期はりんかい線の行先が入った方向幕を見ることもできました。かなりのレアもの…欲しい…。|д゚)

6扉車については、山手線でE231系500番台が営業運転を開始するとともに余剰となった同線の205系のうち、サハ204形を転属させて組み込まれました。
この計画が試験的に行われたのは、この写真を撮影したすぐ後の2001年8月。
「ハエ8」編成の2号車に、6扉試作車の「サハ204−902」が組み込まれました。
当時、朝夕のラッシュ時間帯を中心に混雑の非常に激しかった埼京線において、6扉車の試験的導入は成功をおさめ、2005年までに50両が転属。特に混雑する2号車と3号車に組み込まれました。
ただ、6扉車が組み込まれないままのものが5編成存在し、これについては前面のステッカーで判別が可能でした。
しかし、なぜこのようになったのは、私には分かりません…。
閑散時間帯における座席数の確保?
埼京線以外にも山手線からのサハ204形を求めていた線区があり、そのため数が足りなかった?
…あくまで推測ですけどね。|д゚)

そんな埼京線にも、近代化の波が押し寄せてきます。
2013年6月末に、新型車両であるE233系7000番台が運用開始。
10両編成31本が翌年1月までというかなりのハイペースで投入され、205系を1本残して置き換えられました。
首都圏において流行の拡幅車体を採用し、それにより定員が10%増ということで、6扉車は製造されていません。

埼京線の信号方式は大崎〜池袋間はATS−P型、池袋〜大宮間はATCとなっていますが、来年秋には仙石線で運用実績のある新型信号方式の「ATACS」を導入する予定となっています。
「205系を1本残して」と前述しましたが、この信号方式の切り替え時に発生する車両改造工事のための予備車として、埼京線において唯一の205系「ハエ28」編成が残されています。
E233系に合わせたのかどうかは分かりませんが、6扉車の組み込みのない編成です。
現在も運用に就いているようなので、運がよければ乗車することもできるでしょう。
…つい最近まで205系ばっかりだった路線において、今更どうかと思いますが…圧倒的に数が少ないので。|д゚)

その他の編成については廃車となったものもありますが、多くはインドネシアはジャカルタの「KRLジャボタベック社」に譲渡され、常夏の島国で現在も活躍中です。
電車についての知識や技術は日本と比べると若干遅れをとっているため、故障や事故で姿を消す形式もあるようですが、205系も日本の埼京魂を背負って、今後も末永く走り続けてくれれば…と思います。

撮影データ:
2001年7月 JR埼京線 武蔵浦和〜中浦和
Olympus C-3030ZOOM (C3030Z)
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2016年07月29日

有人改札のある風景…その2

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1999年の山形新幹線延伸に合わせて開業した、まだ新しくてきれいな印象の新庄駅。
その改札口には、意外にもこぢんまりとした様子で有人ラッチが並んでいます。
ここは山形新幹線のターミナル駅であり、また奥羽本線(山形線)と陸羽東線・陸羽西線がクロスする、山形県内でも交通の要衝となる場所ですが、自動改札機は設置されていません。
よく見ると入り口のラッチにはSuicaの簡易端末が設置されていますが、これは新幹線を利用するためのモバイルSuica特急券専用のもので、首都圏・仙台圏・新潟圏と同じように普通乗車券としての使い方はできないみたいですね。

この写真は、私が新幹線を降りてからしばらく時間が経ってからの撮影だったため、利用客の改札も一段落しており、のんびりとした雰囲気です。
新幹線を含めても列車の本数がそれほど多くないため有人改札だけでも成り立っているようですが、いざ繁忙期となると、この設備だけではちょっと大変そうな気がします。
山形新幹線で運用されているE3系は、7両編成で定員は400人程度。
その全員がここ新庄までやってくる、または乗車することはまずないと思いますが、半分だとしてもこの設備だけでさばき切れるのかなー、と思ってしまいます。

視点を移すと、ラッチの中からマイクを使って列車の案内を行っている様子もうかがえます。
今はすでに山形新幹線はE3系で統一されたため、案内も決まり文句で済みそうですが、いざ輸送障害が発生した時には、山形線や山形新幹線だけでなく、福島で接続する東北新幹線の状況も案内しなければならないため、この役目もてんてこまいになりそうですね。
また、主に冬季には在来線の遅れを案内することもあるかと思いますが、降雪に慣れた地域でもありますし、現状の列車密度では、例えば当該列車が30分遅れても次の列車は定時で走ることが可能…ということがあるのでは。偏見?|д゚)
そのあたり、たぶん駅員さんも乗客も慣れたものなのでしょう。

他に目をやると…。
改札内の喫煙所の案内が懐かしいです。
すでにJR東日本管内を走る列車内はすべて禁煙。駅構内もたぶんほとんどの駅で喫煙はできなくなったのではないかと思われますが、ここにはまだあるんでしょうかね?
列車の待ち時間が比較的長いため、駅構内や周辺のそこかしこで勝手に喫煙されても困るでしょうから、現存していても不思議ではないと思いますが。
…左側に写っているホワイトボードも注目点でしょうか。「本日のポケモン列車」という案内が見えます。
そういえば、この時期には東北新幹線でもポケモンラッピングの列車が走っていましたっけ。
最近では、色々な意味で話題の「ポケモンGO」が日本でも配信されて、人気が沸騰中ですけど…。
もし、新幹線車内限定のキャラクターがゲットできるとなったら、乗車率もうなぎ上りになりそうな予感がします。

あと、これは自分だけが感じることなのかも知れないのですが…。
遠くに旅行した時、案内表示に「東京」の文字が出ると安心できるんですよね。
どうなっても、ここにいればいつか必ず帰れる、という気持ちになるので。|д゚)
そんな臆病者の趣味が鉄道旅行というのですから、日本は平和でいい国ですね。

ところで、この記事のタイトルには「その2」とありますが、過去にも有人改札の話題を掲載していますので、興味がありましたらこちらの記事も併せてご覧くだされば。

撮影データ:
2009年7月 JR奥羽本線 新庄
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月27日

新新潟色の48

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先日、新旧新潟色の気動車について記事を書きましたが、画像は旧新潟色でしたね。
なので今回は新新潟色とこの車両の話題を中心に、つらつらと書いていきたいと思います。

酒田駅構内に留置され、出番を待つ新新潟色のキハ48形と首都圏色のキハ47形のコンビ。
先日は文章で新新潟色の特徴を書きましたが、やはり画像を見ていただくのが一番分かりやすいですね。
白をベースに上部は赤、それと同じ色味の赤と細い茶色のラインが入った塗色。
また車番のフォントも国鉄型の書体から脱却しており、これまでの車両と比べると若干あか抜けた感じになっているように思えます。
この塗色も新潟近辺でしか見られないものですが、やっぱりどこかダサくて味のある旧新潟色の方が、個人的には好きかな。|д゚)

この2両を見てみると…どちらも片側2ドアの造りですが、デッキのある片開きのキハ48形と、直接客室に繋がる両開きのキハ47形では、ドアの位置がかなり違うのが分かります。
これでは、どの車両のドアがどの位置に停まるかがさっぱり分からないので、ラッシュ時にはどのような光景が展開されているのかが気になるところです。
この地域では整列乗車が浸透していないのかも知れませんが、都心に住んでいる人にとってはかなり違和感があるのでは。

ところで、近年塗色を変更された首都圏色の車両には「JR」のロゴがどこにもないんですな。
国鉄色の復刻に対する、新津のこだわりが垣間見られます。
新新潟色の方にもロゴが見当たらないなーと撮影時には思っていましたが、この写真の生データをチェックしている最中になってようやく発見しました。
乗務員室ドアの横っちょに、ごくごく小さく緑の「JR」ロゴが。
この画像からもお分かりいただけるでしょうか…?
旧新潟色の方にはでかでかと書かれているのに、この差は何なのでしょうね。
デザインを重視した結果、案外そのロゴが邪魔になることが分かったのかも知れません。
近辺に同業他社が存在しない地区なので、敢えて書かなくても「分かってるだろ?」といった感じなのでしょうか。

さて、新津運輸区において、普通運用に就くキハ48形は9両配置されています。
そのほとんどが他線区から転属してきたもので、塗色もこの車両を除いてすべて旧新潟色。
なので、この写真のように新津のキハ48形が新新潟色をまとっている姿は、非常にレアな存在でした。
ちなみに、この車両の車番は「キハ48 523」。
以前チラッと書きましたが、この車両は2014年に郡山総合車両センターで検査を受けるとと同時に、国鉄急行色ライクな塗装に塗り替えられたものです。
同年に行われた「新潟デスティネーションキャンペーン」の一環で、様々な臨時列車に使用するためだったようですが、デッキ付きの片運転台、車内はボックスシートということで、かつての国鉄急行を再現するにはバッチリな選択だったと思います。
これによりキハ48形の新新潟色は消滅しましたが、代わりに国鉄急行色ライクの塗色をまとった車両が、これまたキハ48形で唯一の存在となり、ファンの注目を浴びているようです。

偶然とはいえ、この時この車両に巡り合えてよかった…と思っています。
恐らく今後、この車両にこの塗色が復活することはないでしょうし、残りのキハ48形についても今さら…という感がありますので。

何気なく撮った写真でも、結果として後々よい記録になった、ということが多々あります。
デジカメに使用するメモリーカードも、大容量のものが安価で手に入るようになりましたので、見かけたものは片っ端から押さえておくくらいの姿勢が、もしかしたら今後の撮り鉄活動に求められるのかも知れませんね。

撮影データ:
2009年7月 JR羽越本線 酒田
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月25日

旧新潟色、入換中

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酒田駅構内で入れ替え運転を行う、青い新潟色(以下旧新潟色)の気動車3連。
手前からキハ47形、40形、40形の順でしょうか。

この旧新潟色。
白をベースに窓周りの濃い青、そこから前面に伸びる左右3本ずつのヒゲ、アクセントに赤いラインと「新潟」の「N」を表現した(と思われる)ワンポイントが目を引く構成になっています。
一方、赤い新潟色(以下新新潟色)は、白がベースで車体上部に赤、それと同色の赤と細い茶のラインが入った、シンプルでありながらも地域性を出すことも忘れないデザインになっています。
でもどちらかと言えば、この旧新潟色の醸し出すダサさが「遠くに来たなぁー」と、感慨深く思わせてくれるので好きですね。|д゚)

編成に視点を移すと、後方のキハ40形同士はラインがマッチングして見事な編成美を見せてくれていますが、先頭車のキハ47形は片運転台なのでブツ切り状態になっています。
しかし、このやっつけ感もまた味があって大変よろしいのではないかと。(*´ω`)
都心に住んでいると、先頭車と中間車の連結はほとんどお目にかかれないので、ちょっと新鮮さすら感じてしまいます。

現在新津運輸区所属の気動車は、先日記事にした首都圏色や国鉄急行色ライクな塗色が登場してきたものの、まだまだ新旧新潟色が大半を占めており、当分はこの写真のような様子を見ることができそうです。
ただキハ40形に関しては、普通列車用として配置されている6両のうち3両は新新潟色になっているため、このように旧新潟色の2両が編成を組む様子は、もしかしたらレアな光景になってしまったかも知れません。

キハE120形が新製、キハ110系が他線区から転属してきた現在でも新津の最大派閥はキハ47形で、23両が配置されています。
内訳としては、旧新潟色が14両、新新潟色が6両。首都圏色が2両で、残りの1両が国鉄急行色ライクなものになっていますが、旧新潟色がいまだに多数生き残っているとは意外です。
…新津と言えば、JR東日本が誇る車両工場のおひざ元。
首都圏向きの車両は驚くほどハイペースで製造している割には、城下町にはあまり恩恵がないようですね。|д゚)
とは言え、新潟地区でしか見られないこれら新旧新潟色には、末永く頑張って欲しいものです。

ところで。
この写真からは分かりづらいと思いますが、生データをよくチェックしたところ、サボに「新津」の文字が確認できました。
酒田から新津まで一本で行くとなると、普通列車では所要約4時間、距離は約167kmもあるロングラン運用になります。
特急を使っても「ちょっと遠かったなー」と感じるレベルじゃないですかね。
うーん、これを乗り通すとなると…結構な根性が必要になるのではないかと。
ただ、165(7)系時代の大垣夜行に何度も乗っていたことを思い出すと、乗車時間は約半分ですし…まぁこんなもんかと思う一方、これでも体力も気力も落ちてきた今の私にはもう無理かも知れない…と感じてしまいます。(;´Д`)
近年製造されたキハE120形やキハ110系はエアサスですが、これら国鉄型の車両は(改良を受けていなければ)コイルばねでしょうから、4時間も乗ったら持病の腰痛が爆発すること間違いなし。
乗りたいという「ココロ」があるにもかかわらず、ガタが来始めた「カラダ」がそれを許してくれません。

…もっと早く、鉄に目覚めていればよかったのかな?

撮影データ:
2009年7月 JR羽越本線 酒田
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月23日

きらっきらやね

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酒田駅に象潟行きの快速「きらきらうえつ号」が入ってきます。
これはいわゆる観光用の「ジョイフルトレイン」に分類される列車で、2001年に運行を開始しました。
種車は昨今その存在が危ぶまれている485系で、この列車はその700番台を名乗ります。

それにしても奇抜なカラーリングです…。塗り分け方はパッチワーク調とでも言うべきでしょうか。
ここまで色彩豊かな列車は、首都圏で広告ラッピングされている列車を除けば、JR東日本の中には他にないのではないかと思います。
ちなみにこの「きらきらうえつ」のネーミングは、日本海が「きらきら」輝く様子と「羽越」本線の名称の由来と同じところからきているのだとか。

外から見る限りでは、全面展望を重視した先頭車以外はそれほど手の込んだ改造をされていないように見えますが…。
この列車のキャッチコピーは「乗ってうれしい、降りて楽しい」とのことなので、きっと車内はその期待を裏切らない造りになっているのでしょうね。
なんでも、ラウンジやビュッフェ(!)も存在するとか。
この写真では、前から2両目が他の車両と比べて側面の窓が少ないので、恐らくそこにそれらの設備があるのだと推測されます。

さて、最初に「象潟行き」と記述しましたが、普段は酒田駅止まりのこの列車、夏の繁忙期に限って象潟駅まで延長運転されています。
この写真の撮影時期が7月中旬の日曜日でしたので、狙ったわけではないのですが運よく記録することができました。
ただ、酒田駅止まりに出くわした方が、長時間にわたって折り返し作業の様子を撮影できて面白かったのかも知れませんが…。|д゚)
JRの公式サイトに今夏の運転情報が掲載されていますが、今年9月までの運行予定では、全列車が(と言っても1本しかないのですが)酒田駅止まりになるとのこと。
また新たに「マリンダイヤ」を設け、上下列車ともに途中桑川駅に17〜18分間停車するようになります。
これにより、午前中の下り列車は青く輝く日本海の景色を、夕方の折り返し上り列車では日本海に沈む夕日をじっくり見ることができるようになりました。
天候次第というある意味ギャンブル的な要素がありますが、上手い具合にそれらの景色を目の当たりにすることができたのなら、その美しさを心に刻むことができるでしょうね。

この列車に出くわした時、思わず「乗りたい!」という欲望が湧きましたが、酒田から先はフリーきっぷのエリア外になってしまうことと、全席指定なので空席はあるか、さらに指定券を購入するのに少額ながらも足がでてしまう。
また、象潟に行って何をする?などという複数の葛藤があって、この時は見送りという結果に終わりました。

「きらきらうえつ」は登場から今年で15年。
485系の原型は次々と姿を消す中、現時点でこちらは引退の情報はまだありません。
私の地元を走る、同じ種車の「ニューなのはな」は引退が決定していることから、決して油断はできないのかも知れません。

ジョイフルトレインかぁ…。これに一人で乗るには、ちょっと敷居が高いと感じてしまいます。
一人カラオケや一人焼き肉などができる強靭な精神力と、なにより新潟まで行く行動力がないと難しいのかな…と思います。|д゚)

撮影データ:
2009年7月 JR羽越本線 酒田
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月21日

1粒で3度おいしい混色

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酒田駅0番ホームに、キハ47形の4両で組成された列車が到着しました。
休日のお昼時だったせいか、降車するお客さんはまばら…。
それでも、しばらく列車の往来もなく眠ったように静かだった駅は、ひと時の賑わいを見せます。
この列車は折り返し運用につかず回送となるようで、作業員さんが列車に向かう様子もうかがえます。

列車に目をやると、3種類の混色編成であることに気が付きます。
手前から「新潟色(2両)」「首都圏色」「新・新潟色」のバリエーションで、それぞれの塗色が登場した時期もバラバラ。
いっそのこと新津のキハは「新津色」なんてものを作って塗色を統一してしまえば、メンテナンスも楽だろうに…と思ってしまいますが、それはまったく無粋というものですね。|д゚)
編成美などはまったく眼中にない、このしっちゃかめっちゃかぶりがたまらないのです!

さらに粋なことに「キハ40 583」と「キハ48 523」が、近年国鉄急行色風に塗り替えられたそうですね。
両運転台でロングシートのキハ40に急行色…?
とまぁ、若干違和感を抱いてしまいまう部分もありますが、塗色のバリエーションが増えるのはいいことですよね。
これも併せた混色編成が実現すれば(多分しているでしょうけど)、よりカオスな列車に仕上がって大変よろしいのではないかと。
例えば写真のように4両編成だったら、4種類の塗色の車両で組成されることを希望してしまいます。|д゚)

…ところで、ここにいつか新型車両が導入されることになると、やはり代わり映えのない銀色ボディーに同じ色のラインカラー、といった感じになってしまうのでしょうか。
この何気ない光景も、まだ見たことのない国鉄急行色の車両も、いずれは貴重なものになってしまうのでしょうね。
列車密度が低く駅間距離も長いこの線区では、クルマでも持っていないと沿線撮りは難しいでしょうから、どうしても駅撮りがせいぜいになってしまうところに、自分の力のなさを痛感してしまいます。(´・ω・`)

…いやいや、こんなところでネガティブになっていても仕方がないですね。
駅撮りなら駅撮りで、沿線撮りでは表現できない撮り方をすればいいだけ。
どちらが正義などという明確な定義はないのですから、自分で「いい写真になった!」と感じられるものが撮れればそれでよし、ですよね。
いい意味で文字通り「自画自賛」できるよう、努力しましょ。(=゚ω゚)ノ

撮影データ:
2009年7月 JR羽越本線 酒田
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月19日

701系のナゾ

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酒田駅構内の広い留置線で待機中の701系。
1日に2本しか設定がない「吹浦行き」が明るい時間帯に撮れたのは、実にラッキーでした!

…という話は置いといて。
その中の「クモハ701−22」のシングルアームパンタグラフ周りが気になったので1枚。

いくつもの緑色の碍子(がいし・陶器で作られた電気を通さない絶縁体)がズラリと配置されている様子がうかがえます。
直流1500ボルトが用いられている首都圏近郊の直流電車にも碍子はあるのですが、ここまで大げさな設備は搭載されていません。
この碍子が設置されている一番の理由は、交流電化区間であるこの線区の架線には、特別高圧の交流20000ボルトの電気が流れているため、絶縁を強固なものにする必要があるためです。
例えばパンタグラフの下を見ると、車体と距離を取るように碍子が配置されているのがお分かりいただけると思います。
特別電圧の電気が流れる架線や集電装置には直接触れなくても通電の可能性があるので、絶縁のためにこれだけの空間距離を作らなくてはなりません。
なおこの碍子の数は、汚れなどによる絶縁不良を見越したものになっているそうです。
なるほど。必要最低限の設備しか持っていないと、不測の事態が起きたときに大きな事故に繋がりかねませんからね。

ちなみに、この碍子はもともと白色ですが、塩害による絶縁劣化防止のシリコンを塗っているせいで緑色になっているようです。
この写真を撮った時は「視認性の関係で緑色の碍子が特別に作られているのかな?」と思っていたのですが、違ったようで。|д゚)
他線区によっては白色のままで使われていることもあるそうなので、乗車の機会があったらパンタグラフ周りを観察してみるのも一興かも知れませんね。

話を変えましょう。
701系は、それまで旅客輸送を担っていた急行型電車や客車列車の置き換えを目的として、交流電化区間に積極的に導入された通勤型電車です。
簡単に言ってしまうと、京浜東北線などで活躍していた209系の交流版といった感じですね。
客室は一部の線区を除いて、基本的にオールロングシート。
通勤・通学のラッシュ時間帯にはその収容力が本領を発揮しますが、閑散時間帯に長時間乗車する旅客(特に青春18きっぷなどを利用して旅行を楽しもうとする人)からはあまりいい評判を得ていないようですね。
都会から来た人にとっては「ここまで来てなお通勤型電車とは…(;´Д`)」と感じるのも無理のない話。
せめてボックスシートをもうちょっと増やしてもいいんじゃないかな、と思います。
千葉以東に転属した209系があれほどの変貌を遂げたのですから、やろうと思えばできない話ではないはずですよね…。
登場から結構な時間が経っているため、そろそろ車体更新の時期かな。
その際にJR東日本がどう動いてくれるか、ひそかに期待しましょう。|д゚)

撮影データ:
2009年7月 JR羽越本線 酒田
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月17日

首都圏色、ミラー越しに

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訳あって、ここ1週間ほど更新をお休みさせていただきました。
これからはまた更新を続けていけると思いますので、皆さんにおかれましては、当ブログへの変わらぬご愛顧をよろしくお願いします。
…今年に入ってからは基本的に隔日更新を続けてきましたが、私にとってはこれが思ったより身も心も削るハードな作業でした。
そのせいもあり、毎日欠かさず更新しているブロガーさんを見るにつけ「すごいなー」と尊敬してしまいます。

さてさて。
かつてJR東日本が発売していた「土・日きっぷ」を利用して訪れた羽越本線の酒田駅。
ここまで来た理由はただ1つ。
「どうせならフリーエリアの端っこまで旅行しないともったいないような気がしたから。」
筋金入りの貧乏性ですね。|д゚)

…で、そこで撮影した1枚。
私はワンマン列車の発着がある駅では必ずと言っていいほど、このようにミラー越しの列車の写真を撮ってしまいます。
車両を十分に映しつつ自分の姿が入らないようにするには、ちょっとした工夫が必要になります。
…まぁ、ミラーを見ながらちょっとづつアングルを変えていけばそのうちポジションが決まってくるので「工夫」なんて大げさなものでもないのですが。|д゚)

そのミラーに映る車両は「新ニツ」こと新津運輸区配置のキハ47 515。
アイドリング音を奏でながら、発車の時を待っています。
酒田発村上行きのこの普通列車、実はワンマン列車ではないところがミソ。
ツーマン列車の鏡像。そのあたりが若干レアリティを引き出して…いればいいのですが。|д゚)

車体の塗色は首都圏色…タラコ色とも呼ばれる「朱色5号(柿色)」をまとった、ごくシンプルなもの。
かつては一般形気動車の標準色として全国に普及しましたが、国鉄末期の頃からは各地域のオリジナリティーを前面に出してイメージアップを図るために様々な塗色へと変わっていったこともあり、首都圏色の列車はほぼ絶滅します。
この車両は国鉄時代のリバイバルとして改めて塗装されたもので、新津運輸区に所属するキハ47形500番台(新潟地区向けの寒冷地仕様車両)の総数12両の中で、514号車と写真の515号車だけがこのように首都圏色になっています。
見る人によっては、懐かしさも新鮮さも感じることができるのではないのでしょうか。

この車両、撮影時は羽越本線での運用に就いていましたが、新潟地区のその他の線区でも幅広く活躍している(いた)ようです。
かつては米坂線や白新線。国鉄時代にまでさかのぼると、現在では電化されている越後線や弥彦線での活躍もあったとのこと。

…効率的なエンジンや軽量車体を搭載した新型車両が次々と登場する中、頑丈さと収容力の大きさをウリに現在も活躍中のこの形式ですが、果たしていつまで第一線で頑張れるでしょうか。
この時は酒田から新潟まで「いなほ」で移動したため、乗車には至りませんでしたが、今度会う機会があれば是非ともその走りを体験してみたいものです。

この時利用した「土・日きっぷ」のように、回数限定でも新幹線や特急列車の料金がセットになっているお得なきっぷがあれば嬉しいんですけど…次回があるとすれば「週末パス」の利用が濃厚かも知れません。

撮影データ:
2009年7月 JR羽越本線 酒田
Canon EOS KissX2 + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月10日

残っていたフラップ式表示機

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東海道新幹線、浜松駅の発車案内板。
浜松工場からの帰り、上りホームで撮影しました。
今ではあまり見かけられなくなったフラップ式の案内板が、この時はまだ現役で稼働していました。
この案内板、正式には「反転フラップ式案内表示機」というものですが「パタパタ」や「ソラリー」などと呼ぶ人も多いようですね。
…詳しい仕組みについては省略します。興味のある方は検索を。|д゚)

フラップの回転中には、普段では滅多にお目にかかれない設定がチラッと見えたりするなど、ずっと観察していても飽きが来ないところが好きでした。
しかし国内すべての新幹線の駅では、すでにLEDまたはLCD表示機に取って代わられています。
これらの表示機はフラップ式の弱点であった「物理的な可動部分があるためメンテナンスが必要である点」や「表示の自由が利かない点」を上手くクリアしており、在来線や私鉄で稼働実績もあり安価になったこと、また機種によってはフルカラー表示も可能であることから、急速に普及が進んだものと思われます。
…例えば、新しい情報を挿入する際、コンピュータ制御のLED・LCD表示機ではデータの追加をすればいいだけですが、フラップ式では新たにフラップを作り直さなければなりません。
大きな変化が当分見込まれない場所での使用には長期間耐えますが、特に鉄道ではダイヤ改正や車両の仕様変更などが頻繁に起こるため、どちらかと言えば不向きな環境だったのかも知れませんね。

ちなみにこのフラップ式表示機、東海道新幹線では1991年に東京駅に設置されたのが始まり。
その後主要16駅99か所に設置されましたが、列車事情が大きく変化する中、より多くの情報を素早く提供する必要性が生まれたことも背景にあり、デジタル化(LED表示によるリアルタイムな情報提供)が推し進められることになります。
そして新幹線の駅で最後までフラップ式表示機が残ったのは三河安城駅でしたが、それも2013年1月には撤去。
一時代を築き上げた表示機の歴史に、幕を降ろすことになりました。

しかし、LED・LCD表示は直射日光を浴びると非常に見づらくなるため、現在でも細々ながらもフラップ式の表示機を使い続けている駅もあります。
…確か京成線の八広駅がそうだったはず。
列車種別や時刻はフラップ式でその他の情報はLED表示という、ちょっと変わった仕様なので、興味のある方にとっては一見の価値ありだと思います。
来るはずのない「イブニングライナー」や、延伸の話がなくなった京急の「油壷」などの表示をチラ見することができますので、フラップが動作する様子を、動画や連写で撮影するのもまた一興ではないかと。(=゚ω゚)ノ

撮影データ:
2008年7月 JR東海道新幹線 浜松
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月08日

検修庫を臨む

IMG_2584.JPG

今月に入ってから浜松工場の様子を記事にしてきましたが、どれも車両中心の写真ばかりでしたね。
なので、今回は検修庫の様子を引きで撮影した写真を記事にしてみたいと思います。

電車工場には何度か足を運んだ経験がありますが、どこも「広い敷地を持っているなぁー」というイメージがあります。
しかし、新幹線の車両工場はそれらの中でも群を抜いて広大!
在来線の電車より一回り大きい車体を扱っているせいもあるのかも知れませんが、新幹線ならではの特殊な装置を整備点検するために大掛かりな設備や機器が必要であることと、16両のフル編成を何本も組成するためには必然的に広い敷地が必要になるためではないかと推測します。
ちなみにここ浜松工場の建屋の総面積は、およそ318000平方メートルだそうで。
よく広さを比較するために上がる「東京ドーム○個分」でいうと、果たしてどれくらいになるのでしょうね。

ご覧のとおり、1つの建屋内でも大きな新幹線の車体が遠くに小さく見えるほどです。
それゆえ、一般公開でも見学のための移動距離が非常に長く、夏の暑さも手伝って在来線の工場見学の倍近く体力を使ってしまうような気がします。
…その分、お楽しみも多くて大変よろしいのですが。|д゚)

ところで、この建屋ではどのような整備が行っているのでしょうか。
列車からは台車が外されていて、手前には仮台車が置かれているのが確認できるので、もしかしたら足回り関係でしょうか?
大体はあたりに置かれている部品や装置などから推測できるのですが、この日は一般公開の日だったせいか、それとも普段からこんな様子なのかは分かりませんが、本当にきれいに整頓されていて、部品など余計なものはほとんど見受けられませんでした。
行程ライン番号と思われる「3−6」という数字から、何かしら分かることがあるのかも知れませんが、残念ながらこの写真からは読み取ることはできませんでした。

ちなみに、写真の列車は700系。
最新型車両であるN700系は、デビューから丸1年しか経っていなかったせいもあり、ほとんどの展示車両はこの700系でした。
今となっては後継車両に追いやられて数を減らしている形式ですから、古い写真がゆえにいい記録になったのかも知れません。

毎年この時期になると再訪したいと思っている浜松工場ですが、なかなか事情が許してくれません。
この時に使っていたカメラもレンズも(もしかしたら撮影技術も)グレードアップしているので、今の機材を使って撮りたいものがたくさんあるのですが…今年も訪問することできなさそうです。
700系が引退する前には何とか、と思っていますが、そのためのチャンスは来年の公開まで。
あとで悔いの残らないように、来年こそはあらかじめ早い段階からしっかり前準備をして、訪問したいと思っています。

撮影データ:
2008年7月 JR東海 浜松工場
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
posted by くろやっこ at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道画像(中部)<JR>