2016年09月29日

真紅の秋バラと共に

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秋分もすでに過ぎ、季節は本格的に秋。
…のはずですが、今年はこの時期になってもまだ気温が30℃を越える日があり、依然残暑による熱中症にも注意が必要ですね。
そして秋の長雨と言いますが、中でも局地的な大雨や、日本に接近したり上陸する台風も多いような気がします。
実際にそれらによって被害が出ている地域がいくつもありますし、こんなに気象による心配事の多い秋も珍しいのではないでしょうか。

…話を本題に進めますと。
真っ赤に咲く秋バラの向こう側を、都電荒川線の路面電車がマイペースな速度で通り過ぎていきます。
露出を解放気味にして、あえて電車をぼかしてバラの花の存在を強調するように撮影した写真なのでちょっと分かりづらいかも知れませんが、写真の電車は7500形です。
最後まで行先表示のLED化が行われず方向幕による表示であったのと、前面の独特な形状が個人的には好きなタイプでしたので、引退の話が持ち上がったことを知った時は、軽くショックでしたね。|д゚)
結局、この7500形は2011年までに全車が引退し形式消滅となっていますが、静態保存の車両が多く存在しており、さすがに走る姿を見ることはできませんが、往時の様子を残すものがいくつも現存しているということは、ファンとしては何より、といったところです。
一方「花電車」として改造を受けて、現在も走行可能な車両が1両だけ存在していますが、旅客を乗せていた頃とは全く違った外見になっていますので「これちょっと違ーう!」といった感想です。個人的には。|д゚)

さて、以前この記事で紹介した通り、ここのバラは付近に住む方々が自主的に管理しているようです。
一口にバラと言っても当然いくつかの品種に分かれており、春夏秋冬関係なく咲くものもありますが、基本的に「秋バラ」という品種は存在しないそうです。
バラの最盛期と言えば大体春だというイメージがあると思いますが、その開花の時期を終えた後、タイミングを合わせて剪定することによって、秋にも咲かせることができるそうです。
ここに咲くバラがどのような品種かは私には分かりませんが、きっと秋に花を咲かせるための多くの苦労があってこそ存在しうるものなのでしょう。
そのために尽力されている地元の皆さんには、まさに頭が下がる思いです。
おかげで、こんなに情緒のある風景を写真に収める(上手いかどうかはこの際無視して)ことができるのですから。

花の真紅に葉や枝の緑、それらに電車のちょっと色味の違う緑色が溶け込んで、私ほどの下手くそでもそれなりの写真に仕上がるのは、やはりここにある風景のおかげでしょうか。
この写真を撮影したのは7年前。(もうそんなに経ちますか。私の中ではまだ最近というイメージがありますが…)
今、この場所の景色はどうなっているでしょうか。
当時と変わらない?それともなにかいい被写体が現れているかなぁ?
秋バラはこれからが本格的なシーズン。
10月頃が一番の見頃とのことですし、そんなに遠い場所でもありませんので、当時とは一新した現在の撮影機材で、もう一度撮影にチャレンジしてみたいものです。
…天気の良い週末があれば。|д゚)

撮影データ:
2009年9月 東京都交通局 都電荒川線 大塚駅前〜向原
Canon EOS KissX2 + EF50mm/F1.8U
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2016年09月27日

新設ホームにて

今回も「風景音」を公開します。
前回公開した京急編はおよそ25分と長めで、どれだけの方に最後までお付き合いいただけたかは微妙ですが…。
大丈夫です。今回は聴きどころのスポットを限定しており、短めに仕上がっていますので。|д゚)

今回の舞台は、録音の半年前に供用が開始された、まだ新しかった品川駅の15番ホーム。
大きな駅ですから、遠くからエスカレーターの注意放送や列車接近のアナウンスが聞こえたり、また同ホームに停車中のE217系のクーラー動作音を感じ取れるなど、日常的かつ臨場感のある音声に仕上がっていると思います。

音声にも「ネタ」はあると思いますが、写真と同様、普段の様子を記録することも結構重要かな、と感じています。
その筆頭として、ホームに流れる案内放送があります。
この風景音にある「当駅では、喫煙所を除きまして、終日、禁煙となっております」という放送は、まさに当時の様子を色濃く残すものとなりました。
当時はまだ、駅のホームでタバコが吸えたんですよね…。
現在では、その放送から「喫煙所を除きまして」という部分をカットして「当駅では、終日、禁煙となっております」となっています。
以前から首都圏の一部の駅では朝の通勤ラッシュ時間帯限定で禁煙とされていましたが、それが終日となり喫煙所が撤去され始めたのが2009年頃。
それ以降エリアは次第に拡大していき、2011年には首都圏近郊のほぼすべての駅で全面禁煙化が実施されました。
列車を待つ10分や15分の間にちょっと一服、といった時間の使い方ができたのは、喫煙者としてはありがたいことでしたが、受動喫煙防止などの理由により、現在では一部の新幹線や特急が発着するホームにこぢんまりと存在する喫煙スペースくらいでしか、吸える場所がなくなってしまいました。
これも時代の流れなのかな、と納得して我慢していますが、時々「人の来ない場所ならいいだろ」と考えているのか、ホームの端っこで吸っている人を見ることがあります。
そういうルールを守らない人たちのせいで、喫煙者への締め付けがますます強くなっていく、ということを理解してもらいたいものです。

で、その放送の後に入る、発車メロディー。これも聴きどころです。
東海道・山陽新幹線で、始発駅発車後と終着駅到着前に流れていた車内メロディー(以下「旧メロディー」)をベースに、アレンジを加えたものになっています。
この場所で、この旋律を再び聴くことができるとは思ってもいませんでした。
品川駅に東海道新幹線が停まるようになったせいでしょうか。それにしても、選曲がいいですね。
現在これらの車内では、JR東海持ちの編成ではTOKIOが歌う「AMBITIOUS JAPAN!」、JR西日本持ちの編成では鬼束ちひろが歌う「いい日旅立ち・西へ」のそれぞれ一部が使用されており、旧メロディーを聴くことはすでにできなくなっています。
これらのメロディーが採用されたのは、どちらも2003年10月から。
録音した2008年の時点でそれから5年が経過していましたが、旧メロディーに対して「懐かしい」と感じるには、個人的にはちょっと早かったです。
旧メロディーはイベント列車や特別企画で流されたケースもあるようですが、次回はいつかな…。
それ以前に、最新型であり現在の主力でもあるのN700(A)系にも、旧メロディーは入っているのか…それすら分かりませんが。|д゚)
でも最近のこの手の機器は大抵デジタル化されているので、もし入っていなかったとしても、メモリーにデータを突っ込むだけで追加は簡単にできるでしょう。

当時はまだ喫煙ができて、新幹線の旧メロディーも聞けた、品川駅15番ホーム。
現在は横須賀線の下り列車の発着に特化しているホームですが、その分空きができた他のホームに成田エクスプレスや当駅止まりや当駅始発の列車が入るようになり、また上野東京ライン開通後は常磐線系統の列車も発着するようになりました。
列車運行においてイレギュラーなケースが発生した時にも、多くのホームを擁するこの駅のおかげで、影響をより少なくすることができるようにもなったとか。
新しく誕生したのは、たった1面のホーム。されど、その存在意義は非常に大きいものになりました。
今後はどのように活躍していくのでしょうか。
期待が持たれます。

※再生の際は、音量に十分ご注意ください。


録音データ:
2008年9月 JR横須賀線 品川駅15番線
Sanyo ICR-PS285RM + audio-technica AT9900
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2016年09月25日

ドア開きまーす

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朝の遠鉄西鹿島駅の風景。
ご覧の通り、ホームにかかっていない車両があるのにドアが開いています。
運転士が停止位置不良をやっちゃった上に、車掌がドアの誤扱いをしたインシデントなのか?
いえいえ。これも遠鉄の朝においては、日常の風景だったりするのです。

遠鉄電車の基本は2両編成ですが、朝のラッシュ時間帯にはさらに2両が増結され、4両編成での運転を行います。
2面2線のホームを持つ遠鉄西鹿島駅ですが、そのうち2番線は2両分の長さしかないホームになっています。
ラッシュ時には増結された4両編成の車両がこの2番線から発車することもあるのですが、ドアカットの機能を持たない電車がここに入ると、このようにホームにかからないドアも開扉する様子を見ることができるんです。
東京人の私が初めて見た感想は「マジか!危なくないのかな…?」でしたが、日常的に利用している人にはこれは当たり前の光景のようで、乗車も慣れたもの。
平気な様子で乗り込み、車内からいつもの車両に移動し、いつもの座席に腰かけて発車を待ちます。

年に数回くらいは滑落事故があってもおかしくはなさそうですが、いまだ持って特に対処が行われていないということは、これはこれで乗客と遠鉄の相互に理解があるおかげなのか、目立った事故は起こっていないんでしょうね。
とはいえ、この状態では決して安全性がバッチリ確保されているとは言えないと思います。
例えば、目に障がいを持っていて白杖を使っている人にとっては、恐怖以外の何物でもないでしょう。

写真の車両は遠鉄1000形のうちの、クハ1507号車。
同形式は1983年から製造が始まりましたが、写真の車両は最末期に製造された同形式の中では一番新しい車両で、1996年に登場しました。
製造から今年で20年と、それなりの年月は重ねていますが、現在においても遠鉄の主力選手です。
しかし西鹿島駅2番線における4両編成の問題は、製造時にはすでに認識されていたと思うのですが、ご覧の通りドアカットの機能はナシ。
1999年から登場した最新型の車両となる2000形にも、どうやらドアカットの機能はない模様です。

まぁこの光景も面白いと言えば確かにそうですし、毎日乗車している利用客もこの状況には慣れているようですからねぇ。
初めて乗る人も、この光景には多少の驚きはあるにしろ、よほどのアレでもない限り、まさか開いたドアから落っこちることはない…と思いますし。
なので、遠鉄としては特に問題点として考えられていないのかもしれません。
しかし「重大な事故が起こってから対処」という、後手に回る考えはちょっといただけないかと。
様々な交通機関の中でも、特に安全とされている鉄道。
そのイメージを傷つけないように、とにかく安全性の確保には十分な配慮をしてほしいものです。
それはもちろん、遠鉄に限ったことではありませんが…。

ところで、この遠鉄の「西鹿島」。
ずっと「にしかしま」だと思っていましたが、この記事を書くために色々と調べていたところ「にしかじま」と読むのが正解だということが分かりました。
何度も往復して録音したり撮影した場所なのに、今になってそんな基本的なことに気づくなんて、私はまだまだだなぁ…と改めて自覚したのでした。|д゚)

撮影データ:
2008年9月 遠州鉄道鉄道線 西鹿島
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年09月22日

専用線の跡地で

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ガラス張りの橋上駅舎が近代的な印象を与える勝田駅。
その裏手に、わずかながらではあるものの、廃線跡が残されていたのをご存じでしょうか。
さび付いた線路、コンクリート製の簡易的なプラットホーム、そしてそれらの存在を覆い隠すかのように伸びきった雑草。
それらの様子を見る限り、廃線からかなりの時間が経っていることが推測されます。
また、左手に見えるJR常磐線の線路とは柵で区切られていることから、国鉄やJR線の遺構でもないようです。
では、これは一体何の廃線跡で、往時にはどんな列車が行き来していたのでしょうか。

答えをさっさと言ってしまうと、ここ勝田駅からちょっと離れた場所にある、日立製作所水戸工場(現:水戸事業所)へ従業員や関係者を輸送するための専用鉄道の跡なんです。
距離にして、およそ4.4km。
その区間を、小さなバッテリー式モーターカーが客車を挟んでプッシュプル運転をしていました。

この専用鉄道の運行開始時期は、1942年9月とされています。
朝夕の通勤時間帯を中心に、多くの従業員を輸送する重要な任務を背負いながら、この場所から工場までのピストン輸送をこなしていましたが、それも1993年9月を限りに運行を終了。
以後、この専用線の遺構は完全に撤去されることもなく、場所によって残っていたり残っていなかったり…といった中途半端な状態のまま、現在に至っています。
そのおかげで、それらは往時を偲ぶことができる貴重な存在であるとして、一部のファンからは注目を浴びているようですね。

晩年は東急電鉄からやってきた6000系電車(古い方ですよ)がモーターカーに挟まれて輸送を行っていましたが、電化されていない路線でしたので、その電車自体は駆動を行わず、あくまでトレーラー、「客車」としての存在だったようです。
その客車はいくつか代替わりが行われたようですが、セミステンレス製の近代的で立派な造りの東急6000系が導入される以前は、どこかの私鉄から譲渡された列車の足回りだけを流用し、プレハブ造りのような簡易的な車体が使われていたとか。
それは多分、夏目漱石が「坊ちゃん」の中で伊予鉄を表現した「マッチ箱のような汽車」という形容がピッタリくるような様子だったのでしょうね。

運行終了が1993年で、この写真を撮影したのが2007年ですから…14年の月日が流れていたことになります。
人によって感覚はまちまちですが、私個人としては「意外にも最近まで存在していたんだなー」といった印象を受けました。
あちらこちらで朽ち果て始めている様子もうかがえますが、例えばプラットホームを構成しているコンクリートは、見た感じではまだそれほど古いものでもないように映りました。

もっと早く「鉄」に目覚めていて、勝田まで行く資金と行動力があれば、もしかしたら廃止間際には訪れることができたのかも知れません。
…でもまぁ民間企業の専用線ですから、そばまで行くことはできても、立ち入りや乗車はもちろん、撮影ができたかどうかも微妙なところですが。|д゚)

現在、写真の場所にはビジネスホテルが建っており、プラットホームの名残は完全になくなってしまったようです。
その建設に間に合っただけでも、ラッキーだったと言うべきでしょうか。
それでも、前述の通り遺構は所々に残っているようなので、興味がある方は今から訪れても遅くはないかもしれません。
もし今なお運行が残っていたのなら、ファン垂涎の路線になっていたでしょうね。
…こういった路線は、果たして現在、全国でどのくらい残っているのでしょうか。
「私」鉄なので色々難しい面もあるでしょうけど、一度くらいはこの目で見てみたいものです。

撮影データ:
2007年9月 JR常磐線 勝田駅付近
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 USM
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2016年09月20日

黄色い鉄クズ?

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2005年に開催された、鎌倉総合車両センター最後の一般公開の会場にて。
鎌総一般公開の名物の1つとして車両解体の実演があり、私自身、毎年通ってそれを見学することを楽しみにしていました。
しかしいつからか実演はなくなり、解体途中の車両がただ置いてあるだけ、という状態に移っていきました。
これは恐らく、解体中の車両からアスベストなどが飛散することが問題になったせいかと思われますが、あの大掛かりでエキサイティングな光景を目にすることができなくなったのは、個人的には残念でした。

この年は、バーナーで車体を上下半分に切断された上、ひっくり返されて解体作業途中の黄色い103系がありました。
全く鉄道を知らない人には「黄色い鉄クズ」にしか見えない程に解体が進んでおり、面影を残すのは写真両脇に写る乗降口だったスペースと非常用ドアコックのあった部分くらい。
よく見ると、赤い塗装をされたコック自体はまだ残っていることがお分かりいただけると思いますが、その他の床下(この写真では上部)に存在した小規模な機器や配管は、かなりおおざっぱな壊され方をされています。
これらは原形を保つ必要がなく、ただ鉄クズとしてリサイクルする以外に他がないのでしょう。
それでも、かろうじて車番の部分はきれいに残されていました。

「クハ103−588」。
これは晩年、中原電車区所属の「T2」編成の先頭車両として、鶴見線でのんびりと余生を送っていた車両でした。
しかし鶴見線の103系は、3両編成を組むための改造を受けた205系が次々と投入されると、その玉突きで廃車への道を進んでいくことになります。
この車両が組み込まれていたナハT2編成は、この写真を撮影した年の4月に営業運用を終え、その数日後には早くもここ鎌倉総合車両センターへ廃車の為に回送されてきました。
現在では鶴見線の旅客列車はすべて205系に統一されており、103系の姿はどこに行っても目にすることはできません。

…首都圏近郊において103系の数が本格的に減り始めたとき「最後まで残るのはどの線区だと思う?」という質問を投げかけられたら「鶴見線かな?」と答えるファンも多かったかと思われます。
それは恐らく鶴見線独特の運用形態と、1996年まで旧型国電のクモハ12形が存在し、頻度は少ないものの現役で動いていた実績があったせいだと思いますが、そんな予想を全く狂わせて、案外あっさりと、しかも結構早いペースで103系は消えてしまいました。

駅間が短く加速度や最高速度を要求されない鶴見線は、103系設計当初のコンセプトにピッタリの線区であり、それに列車密度や乗車率を加味すると、これ以上の効率化は必要ないような気がしましたが…。
列車密度を考えると、恐らく205系に装備されている回生ブレーキは使っていないですよね。
どこかで電力を使ってくれる存在がないまま、架線電圧の高い状態で回生ブレーキを使うと、回生失効を起こして逆に減速力が落ちますし。
以前どこかの記事にも書きましたが、当時の運輸省からJR東日本に対して行われた通達が大きく影響しているのかも知れませんね。

一方、JR西日本では延命N工事などが施された103系がいまだ活躍中ですが、それらも新型車両の登場で、次第に数を減らしつつあるようですね。
全国にあれだけ数があった103系の存在が貴重になるその時は、そう遠くない未来にあるのかも知れません。

撮影データ:
2005年9月 JR鎌倉総合車両センター
Panasonic DMC-FZ20
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2016年09月18日

ただの看板のようですが…

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神奈川県随一の大都市である横浜駅から、北東方向へ1kmちょっと。
JR東海道線と京浜急行の線路に挟まれたこの場所は、意外にも閑静な住宅街が広がっています。
そうですね…すぐそこに横浜駅があるとは思えないような「昔ながらの下町」といった雰囲気です。
そんな場所で見つけた、ちょっとした注意書き。

「サクをのりこえるな.
 ゴミをすてるな.
      京浜急行」

…と記述があります。
確かに。JR線との並走区間に位置していることから熾烈なスピード競争の舞台…いわゆる「デッドヒート区間」にあるとともに、普通から快特まで列車の往来が絶えない場所ですから、立ち入ったりモノを投げ入れたりしたら大事故に繋がる可能性は十分に考えられますからね。

ご覧の通り、柵のすぐ先には列車がかなりのスピードで駆け抜けていきます。
写真をよく見てみると、この車両は「デハ1357」であることがかろうじて読み取れますね。
すでに廃形式のこの車種(旧1000形)。乗降用の1枚ドアが「いかにも私鉄」って感じを漂わせていて、初めて乗った時の印象がいまだに忘れられません。
首都圏近郊ではJR・民鉄含めて、もう1枚ドアの列車はほとんど存在しないのではないのでしょうか。
京急に現存するデハ800形も1枚ドアですが、経年や新車の投入により廃車も始まっているので、いつまで残るか…。

さて、それにしてもこの注意書き、いつ頃設置されたものなのでしょうか。
書体や文面から察するに、ここ数年といった感じではありません。
もしかしたら、何十年もこの場所で安全を確保するために地道にアピールし続けている存在なのかも知れない…と考えると、ちょっとロマンを感じてしまいますね。

「のりこえるな」「すてるな」…こんな文体で一般向けの注意書きを作るのは、昨今難しいのではないのでしょうか。
「横暴」「偉そう」「上から目線」「せめて『ください』を語尾に付けろ」みたいなクレームが発生しそうです。
これはこれで、文章が端的ながら分かりやすく、内容の重要性と要望の強さを読み取れて、悪くないと思うんですけど…。

そういえば、高速道路を走っていると、よく「車間距離保て」とか「右に寄れ」なんて看板を見かけますよね。
スピードを出して走っている自動車からも、瞬時に内容を理解してもらえるように敢えてこう書いてあるのでしょうけど、なんとこの記述に難癖をつけた人が現れたそうです。
しかも検討の結果、そのクレームを受け止めて丁寧語で書かれた看板に取り換えた個所があるらしいのですが…これはもう、どっちサイドもスゲーな、といった感想です。

「一億総クレーマー時代」「大声でゴネたもの勝ち」…なんて言葉が頭をよぎります。
一見目立たないこの注意書きですが、いつか存在に気づいた誰かがクレームを入れる時が来るのかも。
最近この場所を訪れていないので分かりませんが、もしかしたらそういった理由(断定はできませんが)で、もうこの注意書きはなくなっているか、新しいものに交換されているのかも知れません。
今度暇を見つけて再訪してみようかな…幸いにもアクセスはJRからも京急からもよい位置にあるので、簡単に訪れることができますし、近くに撮影スポットもありますので、有意義な時間を過ごすことができますので。

ところで、最近のこういった京急所有の物品や広告などには「京浜急行」ではなく「京急電鉄」と記述されていますね。
でも、個人的には「京急電鉄」って表記はあまり馴染めないというか、なんとなく好きになれないんです…。
略称で先行している「東急電鉄」と字面が似ていますし、やっぱり「京浜急行」の4文字にはどこか「カッコよさ」があるような気がするんですけど、皆さんはどのように思われますでしょうか。|д゚)

撮影データ:
2008年9月 京浜急行電鉄本線 神奈川〜仲木戸
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年09月13日

1万PV達成!

日頃より「くろやっこのでぢかめ写真館 ブログ版」をご贔屓にしてくださいまして、ありがとうございます。

11日の午前中のことになりますが、当ブログは今年3月1日より積算して、のべ10000ページビューを突破しました。
カウント開始より6ヶ月と10日(194日目)にして、ようやくの快挙となりました。
これもひとえに、日頃より当ブログをご贔屓にしてくださっている皆様のお陰であることに間違いはありません。
主催者として、皆様には大変感謝しております。

さて、当ブログのアクセス解析は常日頃よりチェックしています。
それによりますと、今年初めより参加したブログランキングサイトからのアクセスもそれなりの数を重ねていますが、それをはるかに上回る数のカウントを記録しているアクセス元は、ブラウザのお気に入りやブックマークからのアクセスであるという結果となっています。
つまり「定期的に閲覧する価値がある」と認められた上で、ブラウザに当ブログを登録していただいている方がたくさんいらっしゃる、ということを指し示しています。
この結果を、非常に嬉しく思っているとともに、心よりの感謝をもって受け止めています。

また、当ブログの記事は基本的に隔日更新であり、またネタや話題に関しても決して新鮮なものではなく、またそれらの質についてもまだまだ改良の余地は多く残されているのが現状ですが、それにも関わらず多くの皆様のご支持をいただくことができたことについては、重ねて感謝を申し上げます。
私は毎晩、一体どの方向に足を向けて寝ればよいのか?と迷ってしまいます。|д゚)

今後もより皆様に愛されるブログを目指して、ネタと話題と体力・精神力の続く限り、日々邁進してまいりますので、是非ともこれからも変わらず、温かい目で見守ってくだされば幸いでございます。

改めて、皆様に最大限の感謝を込めまして。
今後とも「くろやっこのでぢかめ写真館 ブログ版」を、何卒よろしくお願いいたします。
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2016年09月11日

ホーロー引き駅名板

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東神奈川駅のはじっこで見つけた、ホーロー引きの駅名板。
「まだこんな大都市の駅にも生き残っていたんだ…」と、思わずシャッターを切りました。

基本的にこれらホーロー引きの駅名板は、紺地に独特なフォントのひらがな表記の白い文字、ふちどりに路線のラインカラー(京浜東北線のホームだったのでスカイブルー)を配した造りになっています。
横浜市内の駅のため「浜」の表記もうかがえますね。
国鉄時代にはどこの駅でも普通に見られたありふれたものでしたが、民営化と共に急速に数を減らしていきます。
現在では、アクリルやプラスチックにラインカラーと駅名(英語表記のものもあり)が書かれたものが一般的ですね。
さらに場所によってはイラストなどが描かれているケースもあるようです。

この写真を撮影したのは8年前ですが、この時点でもとっくに首都圏およびその近郊ではほぼ死滅していた存在だっただけに、見つけたときの感動はひとしおでした。
全国的に見て、果たして現時点ではどれだけ現役なものが残っているのか。
また、写真の東神奈川駅には今もこれが残っているのか…。
気になるところです。

さて、そもそもこのホーローとは、鉄やアルミの素材にガラス質の釉薬を高温で焼きつけたもので、耐腐食性と見た目の美しさに優れています。
これはさかのぼること紀元前、ツタンカーメンの黄金マスクにも使われている歴史のあるやり方で、現在では調理器具など使用されているケースが多くありますね。

駅名板について言えば、屋外に設置するもののため、腐食に対する強さからこの方式が採用されたのでしょう。
しかし時が経つとともにホーローの一部がはげたり、そこから腐食が始まるケースもあるようです。
写真の駅名板は少々ホーローのはげが見られるものの、まだかなりきれいな状態にあることが分かります。

駅名板の下部には、これまたホーロー引きの広告が付いている場合もよくありました。
首都圏で多く見られたのは「OAのリコー」、地域によっては「デルモンテ」や「サッポロビール」などバリエーションに富んでおり、この広告を見て旅情を感じる方も多かったのではないでしょうか。

…現在では払い下げになったこれらの駅名板が、鉄道グッズショップなどで売られていることがよくあります。
人気のある駅のものは値が張りますが、これといって特徴のない地味な駅のものは案外安価で取引されているようです。
ちなみに私も、地元駅で使われていたホーロー引き駅名板を持っていますが、何十年も時代を重ねてきたものである割には安価で入手できました。|д゚)
皆さんも何かしらの思い入れがある駅や、長年お世話になっている最寄り駅のものなど、いかがでしょうか。
ショップやオークションサイトを根気よくチェックし続けていると、ポンと売りに出されているケースもありますよ。

撮影データ:
2008年9月 JR京浜東北線 東神奈川
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年09月09日

1000番台は青い

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秋晴れの下を往く、京浜東北線のE233系1000番台。
蒲田駅〜川崎駅間の長距離ストレートで、MT75形モーターの本領発揮。
京浜東北線においては90km/hが速度の頭打ちですが、蒲田駅を発車すると一気に加速して、気持ちのよい走行シーンを我々に見せてくれます。
2007年に登場し、2010年に209系から主役をバトンタッチされてからしばし。
今ではすっかり京浜東北線の主力選手、エースとしての存在も板についています。
スカイブルーの帯色もさわやかで好感が持てるとともに、この日の空の青さにもマッチしてよろしいのではないかと。

それにしても、この電車は前面の行先表示を撮影するのが非常に難しい…。
シャッタースピードをある程度まで落とすときっちりと文字が見えるのですが、その設定のままでは走行写真の撮影は無理。
非常に悩ましいところではあります。
…以前どこかの記事にも書きましたが、個人的には方向幕の方が写真映えして好きなんですよね。
しかし、今どき方向幕搭載の列車を新しく作るのはいすみ鉄道くらいか…。

ところで、この写真を撮った後、出来映えをモニターで確認する段になって初めて気づきました。
画像からも確認できますが、運転士さんがこちらに向かって手を振ってくれていることに。
うーん、ファインダー越しに気づけば、こちらからも振り返したのに…と、ちょっと申し訳ない気持ちになりました。

さて、このE233系。
これまでの電車で得られたノウハウを有効活用し、それらをさらに進化させた設計が随所に見られ、車体構造の面での安全性向上や車両故障に強くなっているだけではなく、直接利用客に接する機器についても飛躍的な進化がうかがえます。
何度も乗車している電車ですが、車内に足を踏み入れる度に「おっ!なんかいいね」と思わせてくれますし、個人的には車内に空気清浄機が設置されている点は非常に好感が持てますね。

現時点でE233系が活躍している路線と番台区分をざっと列記すると
「0番台=中央快速線」
「1000番台=京浜東北線」
「2000番台=常磐緩行線」
「3000番台=東海道本線」
「5000番台=京葉線」
「6000番台=横浜線」
「7000番台=埼京線」
「8000番台=南武線」
となっており、非常に多岐に及んでいることが分かります。

そして2016年4月1日時点では保有数3197両と、一時期ものすごい勢いで増えた感のあるE231系の2623両に大きく差をつけて、一気にJR東日本管内において最大派閥を築き上げました。
国鉄時代に大量生産され、全国各地で見られるようになったあの103系には総数こそ及ばないものの、首都圏だけでこれだけの数が密集して在籍していることを考えると、むしろ103系以上の存在感があるのではないでしょうか。

この形式は製造されてからまだそれほど時間が経っていないため、当分は現状維持の状態が続くと思われますが、10年20年と時間が経っていくと、一体どのような道をたどることになるのでしょうか。
そういった点でも、楽しみを持たせてくれる電車ですね。

撮影データ:
2008年9月 JR京浜東北線 蒲田〜川崎
Canon EOS KissDigital X + EF-S55-250mm/F4-5.6 IS
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2016年09月07日

嗚呼、6扉車

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蒲田電車区からゆっくりとした速度で出庫してくる、京浜東北線の209系。
その中から、サハ208形(6扉車)の姿をクローズアップして記録した写真がありました。
あれから8年。
なぜこのような写真を撮ったのか…今となってははっきりと覚えていませんが、考えられる理由としては、当時新たに登場し勢力を伸ばし始めていたE233系1000番台には6扉車が連結されておらず、この車両も近い将来には見られなくなってしまうのではないか、と危惧したためだと思います。
…結果としてその通りの現状となり、この写真もいい記録となってしまいました。

京浜東北線では1995年に登場したこの6扉車。
最終的には一部の試作車編成を除くすべての編成の6号車に組み込まれ、朝夕のラッシュ時間帯には混雑緩和に一役買っていました。
6号車に組み込まれていた理由の1つとしては、主要駅などで階段やエスカレーターに近いケースが多いため混雑しやすく、乗客の出入りが激しかったためだと言われています。

209系での運行は、2010年にE233系1000番台にバトンタッチする形で終了。
それに伴い6扉車の連結もなくなってしまいましたが、現時点ではそれによって問題視されるほどのトラブルや苦情は特にない模様です。
現在では、首都圏のほとんどの線区で使用されている拡幅車体が採用された車両のおかげで、1両あたりの定員数が増加したことも功を奏しているのでしょう。

現在でも6扉車を組み込んでの運用が続いているのは、JR東日本管内では中央・総武緩行線のE231系0番台のみ。
6扉車は1991年12月から山手線に導入されたのを皮切りに、主に混雑の激しい線区に導入されてきましたが、少子化やバイパス路線の開業により混雑が緩和されてきたことと、今後多くの駅に導入される予定の「ホームドア」設置の妨げになるせいもあり、今となってはもはや邪魔者扱い。
混雑緩和の決め手として鳴り物入りで登場しましたが、あまりに殺風景な車内の様子や着席機会の大幅減となることから「客を荷物として見ているのか」などと登場当時から批判はあったものの、これまで導入された線区では一定の成果を上げてきたことは間違いないと思います。

山手線用に製造されたE231系500番台にも登場当初は6扉車(サハE230−500番台)が1編成に2両ずつ存在しましたが、2011年にはE233系とE231系を折衷した感じの4扉車(サハE231−600番台・4600番台)と交換する形で姿を消しています。
まだそこそこ新しかった車両を廃車にした上、その代わりを新造する程「いらない子」になり下がってしまったのですね…。
中央・総武緩行線のE231系についても、山手線に新型車両が入り始めたことから500番台が転属してきており、今後の動向が気になるところです。
それによって余剰となった0番台がどこか別線区へ転属するのかどうかは現時点でははっきりしませんが、もしそれが実現した場合、転属先の様子にもよりますが、もしかしたら6扉車時代の終焉は間近になるのかもしれません。

撮影データ:
2008年9月 JR京浜東北線 蒲田電車区〜蒲田
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
posted by くろやっこ at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道画像(東日本)<JR>