2017年05月17日

お久しぶりです

皆様、ご無沙汰しております。
長い間更新が滞ってしまい、大変申し訳ございません。
その原因は大きく2つ。最近になって急に公私ともに忙しくなったことと、鉄道写真の撮影とブログ更新に必要なモチベーションが著しく低下していることが挙げられます。
しばらく経てばこれらの原因も何らかの形で収まってくると思いますので、皆様におかれましては何卒長い目で見ていただいて、もう少し私に時間を与えていただければ幸いです。
…いつか必ず復帰することを、ここにお約束します!

さて、当ブログは昨日(16日)に開設6周年を迎えることができました。
更新停止状態で迎えた節目となってしまいましたが、皆様の温かいご支援があってこそ、今日までブログを維持してこられたのは言うまでもありません。
大変感謝しております。

いつも見守ってくださっている皆様の期待を裏切らないよう、そして当ブログから疎遠になってしまった方には少しづつでも戻ってきていただけるようなブログ作りを心掛けていきます。
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

…という文章だけでもつまらないと思いますので、最近撮った鉄道に関係した写真を掲載しますね。
ここ最近、都営地下鉄の駅で見かけるようになった女の子。かわいい…。|д゚)

IMG_1576.JPG

撮影データ:
2017年5月 東京都交通局 都営地下鉄大江戸線 門前仲町
Apple iPhone6s
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2017年01月21日

総武線の車掌さんと…

P1010015.JPG

夕暮れ時。
冬至はとうに過ぎて日は少しづつ長くなっているはずですが、それでも1月の太陽は16時を回ると夕焼け模様。
普段はシルバーに見えるE231系のステンレスボディーを、シャンパンゴールドに輝かせます。
日没までの短い時間帯にしか見られないこの色彩。
何を撮っても画になる…まさに「マジックアワー」ですね。(*´ω`)

そんな中、1本の列車が到着。
最後尾の乗務員室から、2人の制服さんがホームに降りてきました。
「お、この列車は車掌さんが2人体制なのかな?」と思いましたが、あとから降りてきた年配の方(写真では手前)は手袋をしていません。
そして発車メロディーを鳴らし終えていざ出発という時になって気づいてみると、どうやらその方はホームに残るようです。

「側灯、滅!」
2人揃って(本当はご覧の通り微妙にタイミングがズレていますが…)指差確認。
車掌さんのその格好良く決まった瞬間を、思わず撮っていました。

お互いに「ども。」といった感じのちょっとした仕草を交わすのかな?そのシーンも画になりそうだから撮ろうかな?と思っていましたが、車掌さんはまっすぐ進行方向を見つめて微動だにしません。
そのまま列車は駅を出ていきましたが、気になるのはホームに残った方。
ここの駅員さんなのかな…でも見た目の割には制帽に赤帯がないのもちょっとおかしいような?
次の列車が到着しても、その場を動く気配がないし?
…そんな調子で何本か列車を見送ったのち、とある列車の乗務員室に乗り込んだかと思うと、そのまま行ってしまいました。
うーん、車掌さんの指導?監督?の役を持つ方だったのでしょうか。
見た感じではどうも抜き打ちっぽかったので、目を付けられた車掌さんは緊張したかもしれませんね。

この写真を撮影したのは2001年。
今見返して気づいたのですが、制服・制帽がまだ旧型だったんですねぇ。
当時の冬服は紺色で統一されており、国鉄時代の色を残した感じがして結構好きでした。
一方、夏服(合服)の色味が妙に青くて、ちょっとこれはダサい…というか着る人を選ぶなよなーと感じたものですが。
現行の制服は、冬服はよりシックな印象を持つ黒系に、夏服はシャープなグレー系なっていますね。
そういえば、私はそのどちらの制服も身に着けて仕事をした時期があったっけ…。
今となってはそれももうよい思い出ですが、記念として1枚くらい写真に残しておけばよかったかなー、なんて。|д゚)

また2001年といえば、首都圏近郊でも女性の乗務員さんや駅員さんが徐々にその活躍の場を広げ始めていた時期でしたが、当時はまだ男性の制服と共通のデザインだったんですよね。
現在はより女性らしさを前面に押し出した、丸みのある制帽や色のついたブラウス、専用のタイなどを身に着けていますが、男性と同じ業務内容を求められるとはいえ、やはりこうした配慮はあってしかるべきではないかと思います。
区別がどうこう…という話でなく、ね。|д゚)

しかし同じ光景の写真を撮るにも、被写体が女性だとちょっとシャッターを押すのが憚られるような気がするのは、ただ私が男だからなのでしょうか?
今回の記事のように、鉄道の写真を撮るからには単に列車を大写しするだけではなく、それに関わる人物の様子も是非撮りたいと思っているのですが…。
まぁ男性でも撮られるのが嫌いな方もいますし、女性でも撮影バッチコーイ!な方も多分いるのでしょうけど。

撮影データ:
2001年1月 JR総武線 下総中山
Olympus C-3030ZOOM (C3030Z)
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2016年10月29日

ほくほく線発!レール焼き

車庫内での見学と撮影がひと段落したところで。
「もう午後か。ちょっと小腹が減ったなー…。そういえば物販コーナーに飲食物を提供してくれるブースもあったっけ」と思い出し、一旦車庫外に出てみました。
一番手っ取り早くお腹を満たしてくれそうなものがどこかに…あったあった。

IMG_1024.JPG

お手製感抜群の、何を加工して作成したんだか分からない「レールヤキ」の飾り文字が非常にシュールでいい感じ。
そしてその隣の張り紙を見て、ようやく「レールヤキ」の正体が分かりました。

その部分を抜粋すると…。
「レールのリサイクル レールも調理器具なんです!(たぶん日本初)レール焼き お好み焼き 350円」

なるほど。要はレールを使って焼いたお好み焼きなんですね。
しかし、レールを調理器具として使ってしまおうなどという奇抜なアイデアは、一体誰が生み出したのか…。
間違いなく日本初の試みでしょうね。
果たしてどのような方法で調理されるのでしょうか?
その点が気に入ったことに加えて、値段もなかなか良心的だと感じたので、一つ所望することにしました。

が、その前に一つ引っかかることが。
ここに「レールの『リサイクル』」って書いてありますよね。
ということは、恐らく使用済みのレールで焼いているということなのでしょう。
実際に使われていた頃に用いられていた機械油や、車輪との摩擦で発生するであろう鉄粉、また自然に付着する、ちょっとやそっと洗ったくらいでは到底落ちそうもない汚れなどの、身体によくないと思われる要素はすべてクリア済みなのでしょうか?
…などとちょっと考えましたが、食品の営業許可を取って提供しているはずですから、その点は無問題なのでしょう。
せっかくのイベント。そんな無粋なことを考えるのはナシナシ!(=゚ω゚)ノシ

と、購入する前にせっかくなので、レール焼きを調理している様子を撮影させてもらいました。

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なるほど。レールの下にプロパンガスのコンロを置いて熱して、そのレールの溝の部分を使って焼いているんですね。
そしてその部分とヘラを上手く使うと、このようにきれいな四角形のお好み焼きができると。
ちょっと焦げが気になりましたが、厚みのある生地にしっかり火を通すのと、香ばしさを出すにはこのくらいの焼き加減の方がいいですね。
企画段階では恐らく多くの試行錯誤を繰り返した結果、この日初めて売り物として実現できたものなのでしょうから、その裏方さんの苦労に思いを馳せながら、一口一口じっくりかみしめて食しました。

…うん。お好み焼き。|д゚)

撮影データ:
2015年10月 北越急行ほくほく線 六日町車両基地
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2016年10月23日

超快速で六日町へ

先日記事にした超快速に乗って、六日町までやってきました。
十日町にしか停まらないって言ってたやん!…そう思われるのも当然かと。
実はこの日にだけ、下り列車1本が六日町に臨時停車したのです。
その理由は、こちらの写真をご覧になれば納得されることでしょう。

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この日は六日町で、ほくほく線のイベントが開催されたからなんですねー。
「ほくほく線”CHO(チョ〜)”感謝祭」と銘打たれたこのイベント。
普段入ることのできない六日町車両基地で、列車を間近に見られることをはじめとして、基地内で行われている裏方作業の体験ができるなど、様々な催しで盛り上がりました。
短距離ながらもHK−100形の運転体験ができるというファン垂涎のコーナーもあったのですが、限られた人しか入ることのできない隔離された場所で行われていたので、残念ながらその様子を見ることはできませんでした。(´・ω・`)

恐らくこのイベントは、看板特急であった「はくたか」に代わり「超快速スノーラビット」がデビューするという、ほくほく線にとって一つの節目を迎えることを記念して開催されたものだと思われます。
私がここを訪れたのは、2007年に開業10周年を記念して開催されたイベント以来。
毎年やってくれればいいのに…と思っていますが、企画から始まり準備や当日の人員配置や安全確保まで細かな点まで配慮しなくてはならないですし、なによりそれにかかる資金とイベントで得られる利益との比率を考えると、一ローカル線にとっては難しいのかもしれませんね。

少しでも利益が上がるようにという個人的な願いを込めて、積極的に記念品を購入したり飲食をしたりしたのですが、首都圏近郊で行われる同じようなイベントと比べると、参加者の数が格段に少ない…。
その分ちょっとした個人的な要望に応えてくれたり、写真を撮影するために苦労をすることはなく、まったりとしたペースで参加できたのは嬉しかったのですが、恐らくこのイベントで得られた利益は雀の涙程度だったことでしょう。
鉄道廃品や鉄道グッズはやはりファン向けの価格設定(それでもかなり良心的)でしたが、それ以外の販売品はどう考えても、列車に乗車する方が利益になるんじゃないかな…といった感じでした。
まぁ沿線の方は列車に乗ってくるのでしょうから、特需としての運賃収入はあったのかも知れませんが「感謝祭」と銘打っているだけあって、利益は度外視なのでしょうね。

この日に行われたそれぞれの企画については、次回の更新以降掲載していきたいと思います。
「興味ねーよ」と感じられる方も、もしかしたらいらっしゃるかも知れませんが…もう少しお付き合いください。

…余談になりますが、マルタイの携帯版みたいな機械を使ってバラストを突き固める作業を体験したのですが、やり方が悪かったのかそれから数時間後に持病の腰痛症が爆発。
そのため帰りの新幹線は普通車では辛いと思い、急きょグリーン車に乗ることにしました。
まぁE4系「Max」の2階グリーン車には、同形式の引退前までには乗っておきたいという思いがあったので、結果としてはオーライだったのですが。
ただ腰痛には今年の夏まで苦しんだので、今後同じ体験する機会があっても、ちょっとためらってしまうかなー…。|д゚)

撮影データ:
2015年10月 北越急行ほくほく線 六日町
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2016年09月22日

専用線の跡地で

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ガラス張りの橋上駅舎が近代的な印象を与える勝田駅。
その裏手に、わずかながらではあるものの、廃線跡が残されていたのをご存じでしょうか。
さび付いた線路、コンクリート製の簡易的なプラットホーム、そしてそれらの存在を覆い隠すかのように伸びきった雑草。
それらの様子を見る限り、廃線からかなりの時間が経っていることが推測されます。
また、左手に見えるJR常磐線の線路とは柵で区切られていることから、国鉄やJR線の遺構でもないようです。
では、これは一体何の廃線跡で、往時にはどんな列車が行き来していたのでしょうか。

答えをさっさと言ってしまうと、ここ勝田駅からちょっと離れた場所にある、日立製作所水戸工場(現:水戸事業所)へ従業員や関係者を輸送するための専用鉄道の跡なんです。
距離にして、およそ4.4km。
その区間を、小さなバッテリー式モーターカーが客車を挟んでプッシュプル運転をしていました。

この専用鉄道の運行開始時期は、1942年9月とされています。
朝夕の通勤時間帯を中心に、多くの従業員を輸送する重要な任務を背負いながら、この場所から工場までのピストン輸送をこなしていましたが、それも1993年9月を限りに運行を終了。
以後、この専用線の遺構は完全に撤去されることもなく、場所によって残っていたり残っていなかったり…といった中途半端な状態のまま、現在に至っています。
そのおかげで、それらは往時を偲ぶことができる貴重な存在であるとして、一部のファンからは注目を浴びているようですね。

晩年は東急電鉄からやってきた6000系電車(古い方ですよ)がモーターカーに挟まれて輸送を行っていましたが、電化されていない路線でしたので、その電車自体は駆動を行わず、あくまでトレーラー、「客車」としての存在だったようです。
その客車はいくつか代替わりが行われたようですが、セミステンレス製の近代的で立派な造りの東急6000系が導入される以前は、どこかの私鉄から譲渡された列車の足回りだけを流用し、プレハブ造りのような簡易的な車体が使われていたとか。
それは多分、夏目漱石が「坊ちゃん」の中で伊予鉄を表現した「マッチ箱のような汽車」という形容がピッタリくるような様子だったのでしょうね。

運行終了が1993年で、この写真を撮影したのが2007年ですから…14年の月日が流れていたことになります。
人によって感覚はまちまちですが、私個人としては「意外にも最近まで存在していたんだなー」といった印象を受けました。
あちらこちらで朽ち果て始めている様子もうかがえますが、例えばプラットホームを構成しているコンクリートは、見た感じではまだそれほど古いものでもないように映りました。

もっと早く「鉄」に目覚めていて、勝田まで行く資金と行動力があれば、もしかしたら廃止間際には訪れることができたのかも知れません。
…でもまぁ民間企業の専用線ですから、そばまで行くことはできても、立ち入りや乗車はもちろん、撮影ができたかどうかも微妙なところですが。|д゚)

現在、写真の場所にはビジネスホテルが建っており、プラットホームの名残は完全になくなってしまったようです。
その建設に間に合っただけでも、ラッキーだったと言うべきでしょうか。
それでも、前述の通り遺構は所々に残っているようなので、興味がある方は今から訪れても遅くはないかもしれません。
もし今なお運行が残っていたのなら、ファン垂涎の路線になっていたでしょうね。
…こういった路線は、果たして現在、全国でどのくらい残っているのでしょうか。
「私」鉄なので色々難しい面もあるでしょうけど、一度くらいはこの目で見てみたいものです。

撮影データ:
2007年9月 JR常磐線 勝田駅付近
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 USM
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2016年09月11日

ホーロー引き駅名板

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東神奈川駅のはじっこで見つけた、ホーロー引きの駅名板。
「まだこんな大都市の駅にも生き残っていたんだ…」と、思わずシャッターを切りました。

基本的にこれらホーロー引きの駅名板は、紺地に独特なフォントのひらがな表記の白い文字、ふちどりに路線のラインカラー(京浜東北線のホームだったのでスカイブルー)を配した造りになっています。
横浜市内の駅のため「浜」の表記もうかがえますね。
国鉄時代にはどこの駅でも普通に見られたありふれたものでしたが、民営化と共に急速に数を減らしていきます。
現在では、アクリルやプラスチックにラインカラーと駅名(英語表記のものもあり)が書かれたものが一般的ですね。
さらに場所によってはイラストなどが描かれているケースもあるようです。

この写真を撮影したのは8年前ですが、この時点でもとっくに首都圏およびその近郊ではほぼ死滅していた存在だっただけに、見つけたときの感動はひとしおでした。
全国的に見て、果たして現時点ではどれだけ現役なものが残っているのか。
また、写真の東神奈川駅には今もこれが残っているのか…。
気になるところです。

さて、そもそもこのホーローとは、鉄やアルミの素材にガラス質の釉薬を高温で焼きつけたもので、耐腐食性と見た目の美しさに優れています。
これはさかのぼること紀元前、ツタンカーメンの黄金マスクにも使われている歴史のあるやり方で、現在では調理器具など使用されているケースが多くありますね。

駅名板について言えば、屋外に設置するもののため、腐食に対する強さからこの方式が採用されたのでしょう。
しかし時が経つとともにホーローの一部がはげたり、そこから腐食が始まるケースもあるようです。
写真の駅名板は少々ホーローのはげが見られるものの、まだかなりきれいな状態にあることが分かります。

駅名板の下部には、これまたホーロー引きの広告が付いている場合もよくありました。
首都圏で多く見られたのは「OAのリコー」、地域によっては「デルモンテ」や「サッポロビール」などバリエーションに富んでおり、この広告を見て旅情を感じる方も多かったのではないでしょうか。

…現在では払い下げになったこれらの駅名板が、鉄道グッズショップなどで売られていることがよくあります。
人気のある駅のものは値が張りますが、これといって特徴のない地味な駅のものは案外安価で取引されているようです。
ちなみに私も、地元駅で使われていたホーロー引き駅名板を持っていますが、何十年も時代を重ねてきたものである割には安価で入手できました。|д゚)
皆さんも何かしらの思い入れがある駅や、長年お世話になっている最寄り駅のものなど、いかがでしょうか。
ショップやオークションサイトを根気よくチェックし続けていると、ポンと売りに出されているケースもありますよ。

撮影データ:
2008年9月 JR京浜東北線 東神奈川
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年08月04日

東横線旧駅でふと…

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高架時代の東急東横線渋谷駅。
ホームをブラブラしていたら、ふと目についたもの。…電車ではなく、蛇口が2か所ある水道施設です。
東京近辺の駅のホームでは、ずいぶん前からとんと見かけなくなったものですが、それを都心のど真ん中の渋谷駅でみかけることになるとは思いませんでした。

まぁ、清掃に使うものでしょ?…と思いました。
緑色のホースが付いている蛇口からは、確かにそんな感じを受けるのですが、ここで気になったのは上部の蛇口。
上を向いていることがお分かりいただけると思います。
…ということは、この水道施設は水飲み場を兼ねているんですね。

しかし、今どきここで水を飲む…飲みたいと思う人がどれだけいたのでしょうか。
衛生面からしても決して万全ではないと思われますし、これだけ自販機や売店が普及している世の中ですから、喉が渇いたら、きれいで冷たい水を気軽に安価で買うことができます。
さらに言えば、改札内にはゆっくりできるコーヒーショップもありました。
なので、これは「前時代からの遺物」という考え方が、一番理に適っているかと思われます。
この水道施設は清掃などで使うので、残しておく。
でも、特に必要のなくなった水飲みを、敢えてお金をかけて撤去するのも無駄っぽい。
どうせ数年以内に新駅へ移行するのだから、余計にその必要はないという考えだったのかも知れませんね。

ずいぶん昔。国鉄時代には割と見かける光景だったと、おぼろげながらに記憶しています。
あの頃は「水なんてお金を出して買うものじゃない」という考えが一般的でしたし、飲料の販売施設も今ほど多くはなく、
あっても選択肢は今と比べると格段に少なかったことが思い出されます。

蒸気機関車牽引の列車が多く走っていた時代には「すすで顔が汚れる」ということで、ターミナル駅のホームには鏡のついた洗面施設がずらりと並んでいたそうですが、その施設が今なお残っている駅はあるのでしょうか…。
私はネットで画像を見たことがある程度なのですが、それは非常に独特な雰囲気で「一度この目で現物を見てみたい」と強く思ったものです。
しかし、これまで鉄道旅行をして北海道以外の国内各地を西へ東へと回ったはずですが、いまだにその光景に出会ったことはありません。
情報をお持ちの方は、是非。

駅のホームから、旅客が自由に使える「水」がなくなって久しく。
恐らく大半の旅客が特に気にも留めなかった変化だと思いますが、こうして立ち止まって思いをはせると、意外と深いものがありますね。
そのきっかけをくれたのが、渋谷駅のこの水道施設。
新しく地下鉄直通用の地下ホームが供用されてからしばらく時間が経ちましたが、旧駅にはこんなものがあったのだと、今になって懐かしさを募らせています。

撮影データ:
2008年8月 東京急行電鉄東横線 渋谷(旧線)
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年07月10日

残っていたフラップ式表示機

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東海道新幹線、浜松駅の発車案内板。
浜松工場からの帰り、上りホームで撮影しました。
今ではあまり見かけられなくなったフラップ式の案内板が、この時はまだ現役で稼働していました。
この案内板、正式には「反転フラップ式案内表示機」というものですが「パタパタ」や「ソラリー」などと呼ぶ人も多いようですね。
…詳しい仕組みについては省略します。興味のある方は検索を。|д゚)

フラップの回転中には、普段では滅多にお目にかかれない設定がチラッと見えたりするなど、ずっと観察していても飽きが来ないところが好きでした。
しかし国内すべての新幹線の駅では、すでにLEDまたはLCD表示機に取って代わられています。
これらの表示機はフラップ式の弱点であった「物理的な可動部分があるためメンテナンスが必要である点」や「表示の自由が利かない点」を上手くクリアしており、在来線や私鉄で稼働実績もあり安価になったこと、また機種によってはフルカラー表示も可能であることから、急速に普及が進んだものと思われます。
…例えば、新しい情報を挿入する際、コンピュータ制御のLED・LCD表示機ではデータの追加をすればいいだけですが、フラップ式では新たにフラップを作り直さなければなりません。
大きな変化が当分見込まれない場所での使用には長期間耐えますが、特に鉄道ではダイヤ改正や車両の仕様変更などが頻繁に起こるため、どちらかと言えば不向きな環境だったのかも知れませんね。

ちなみにこのフラップ式表示機、東海道新幹線では1991年に東京駅に設置されたのが始まり。
その後主要16駅99か所に設置されましたが、列車事情が大きく変化する中、より多くの情報を素早く提供する必要性が生まれたことも背景にあり、デジタル化(LED表示によるリアルタイムな情報提供)が推し進められることになります。
そして新幹線の駅で最後までフラップ式表示機が残ったのは三河安城駅でしたが、それも2013年1月には撤去。
一時代を築き上げた表示機の歴史に、幕を降ろすことになりました。

しかし、LED・LCD表示は直射日光を浴びると非常に見づらくなるため、現在でも細々ながらもフラップ式の表示機を使い続けている駅もあります。
…確か京成線の八広駅がそうだったはず。
列車種別や時刻はフラップ式でその他の情報はLED表示という、ちょっと変わった仕様なので、興味のある方にとっては一見の価値ありだと思います。
来るはずのない「イブニングライナー」や、延伸の話がなくなった京急の「油壷」などの表示をチラ見することができますので、フラップが動作する様子を、動画や連写で撮影するのもまた一興ではないかと。(=゚ω゚)ノ

撮影データ:
2008年7月 JR東海道新幹線 浜松
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年06月30日

遺構を訪ねて…最終回

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最初からこの画像を出せばよかったですね。|д゚)
知識のある方からは、こんなもので4回も引っ張るなよ!というツッコミがありそうですが…。
ご覧のとおり、これらの遺構はすべて「神岡軌道跡」だったんですね。
それでは、この橋と神岡軌道について歴史をちょっとだけひも解いていきましょう。

神岡軌道は、現在高山本線の駅がある笹津駅(後に猪谷駅)から神通川沿いに伸びて、神岡駅に至る軽便鉄道でした。
神岡といえば鉱山が有名ですが、もともとはそこで産出される鉱石や硫酸を運ぶために開業した馬車鉄道が神岡軌道の前身であり、1910年に杉山駅から土駅間で運行が開始されました。
1915年には、笹津駅から杉山駅に至る路線が開業しますが、当時はまだ純然たる鉱石貨物専用の路線でした。
しかし周辺町村から貨物輸送のために解放を要望されると、それに応える形で市街地を通るように軌道の改修や乗り入れ準備がなされます。
そしてちょうどその頃、1922年に「神岡軌道株式会社」が設立されました。

…時代は昭和に入り、鉄道省飛越線(現在のJR高山本線)の建設が進むと、同線との並行路線を廃止するとともに、神通川の対岸にある猪谷駅へ乗り入れる計画が持ち上がります。
この時(1931年)に造られたのが「神通川橋梁」で、これが今回のテーマである「神岡軌道跡」で取り上げた大きな橋の遺構の基となります。
「大鉄橋」ともよばれたこの橋梁は、全長294m。水面からの高さは実に57mもあり、列車の窓からはまさに目もくらむような景色が広がっていたのでしょう。
軽便鉄道に相応しくない程の巨大さですが、それだけ神岡鉱山の貨物需要が大きかったことと共に、当時の運営母体であった三井鉱山の潤沢な資金があってこそ成し遂げられた工事だったのかも知れません。

神通川の対岸に敷設された国鉄神岡線(後の神岡鉄道神岡線)に貨客輸送の役目をバトンタッチし、1967年の廃線まで列車の往来を見つめ続けた大鉄橋…。

ここで改めて今回のテーマである写真を見なおしてみると、あの遺構の大きさの理由が納得できるとともに、当時隆盛を極めたであろう猪谷駅と大鉄橋の様子を少しでも後世に残すために、今なお、当時のまま保存されていることが分かります。
しかし、現地には案内や歴史を示すものが全くなく、ただ遺構が存在しているだけという現状は、何とかならないものでしょうか。
人知れずひっそり…という感じは個人的に大好きですが、せっかくこれだけのものがあるのですから、もうちょっとアピールしてもいいんじゃないかな、と思います。

以上、4回に渡ってのお付き合い、ありがとうございました。(=゚ω゚)ノ

撮影データ:
2008年6月 富山県富山市舟渡付近
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年06月29日

遺構を訪ねて…第3回

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先ほどのアングルから、真後ろを向いてみます。
そこにも、コンクリ製の橋の一部と思われる建造物が存在しました。
写真からはちょっと分かりづらいかも知れませんが、山の奥へ向けて点々と続いています。

地図を見てみると、この先には大き目の水田が広がってはいるものの、それを抜けるとあとはひたすら山、山。
その水田の近くには「小糸」という小さな集落があるのですが、この橋の規模と比べると明らかにアンバランス。
ここに住む人の為に造られたものではないのか…?
もっとガッツリ山奥へ入っていくと発電所が2か所存在するのですが、それはどちらも水力発電所なので、火力発電の燃料となる石炭などを運ぶラインとも考えにくいです。

予備知識なしで訪ねた場所なので、この様子はかなりミステリー。
ですが、次の1枚でそのちょっとした気持ち悪さは氷解します。
さらに帰宅してから色々と調べてみると、なかなか面白い事実が分かりました。
次回、真相が明らかに。

つづく。

撮影データ:
2008年6月 富山県富山市舟渡付近
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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