2017年03月31日

有名スポットで北勢線を

楚原駅を出て20分ほど歩いたでしょうか。
田んぼが広がる見晴らしの良い場所にでると、今回の目的地が見えてきました。

通称「めがね橋」。
正確には「明智川拱橋」と言うそうですが、北勢線では有名な撮影地なので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
いよいよこの場所で撮影するためだけに東京から担いできた三脚の出番です。
ずっと肩にかかっていた重さを解放して「あー、楽になったわー」と一息つく暇もなく、いそいそとセッティングに取り掛かります。
そうこうしているうちに、列車がやってきました。

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とりあえず一発目は、編成がすべて収まる構図で撮影します。
列車が右上がりに傾いているのは勾配のせいです。カメラが傾いているのではない…はずです。|д゚)
引きで撮ってみて初めて気づいたのですが、パンタグラフが載っている阿下喜方の先頭車両だけ、車体長が違うんですね。
車両形式も違っているようですし、なぜこのようになっているのかは無知なもので分からないのですが、これはこれで面白くていいですね。
編成美という観点からすると「これはアカン!」という意見もあるのでしょうけど、こういう不揃いなデコボコ感、私は好きですねー。(=゚ω゚)
で、肝心のめがね橋の写りは…背の高い枯れ草が邪魔して、イマイチ綺麗に撮ることができませんでした。
しかしまさか草刈りを始める訳にもいきませんし、まぁこれはこれで自然と人工物のコラボ、あるがままの姿、ということで納得するしかないですね。
東京を出るときには雪模様だった天候が、ここにきて見事に晴れてくれたのが唯一の救いです。
雨でも降っていたらどうしようかと心配したのですが。
ただ、きっちり立てたはずの三脚が時々不安定になるほど風が強くて、とっても寒かったですけどね。(;´Д`)

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もうちょっと線路に寄って、めがね橋にスポットを当てた構図にしてみます。
列車の編成は全部入りませんが、こういう感じの切り取り方もアリですよね?
青空と列車の黄色が互いに引き立てあって、なかなかの色彩感になったと思います。
めがね橋は相変わらず枯れ草のせいでスッキリに…とはいきませんでしたが、橋脚からも草が生えているようなこんな場所を丁寧に除草することもないでしょうから、多分どの季節に訪れても悩みの種になるのでしょう。
それを活かした撮り方ができればベストなのでしょうけど、私の感性と腕ではそれはあまりに高望みというもの。|д゚)
ところで、前述の通りこの橋は明智川に架かるものなのですが、川らしいものはここからは確認できず。
3連アーチの立派な造りですから、それにふさわしい大きさの川があるものだと思っていましたが。
たまたま水量が少ない季節だったのでしょうか。
それとも、ここより上流にあるダムか何かを開放すると、ドバっと水量が増えるのか…。

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もうちょっと寄ってみます。
すると、ここまで来てようやく川らしいものの存在を見つけることができました。
しかし、どう考えてもこの橋には相応しくない、ほんのちょろっとしたもの。
とりあえず、ここまで来たらこの川らしいものをフレームに収めた写真を撮ろうじゃないか、と縦アンで決めてみます。
…が、やってしまった!
もう少し広角で、もしくはもう少し下がった立ち位置で撮るべきでした。
車両の端っことパンタグラフが切れてしまいました…。これは完全なる失敗作ですね。orz
この時点で時刻は16時半過ぎ。次の阿下喜行きを待ったら光線はどうなるか?
折からの寒さで身体的にもキツい。帰りの行程を考えると、ここで限界を迎えることはできないし…。
そんな考えが頭を巡った結果「もういい!いつか再チャレンジだ!」と決めて撤収作業に取り掛かりました。

もやっとした思いを残しつつ、重い足取りで楚原駅まで戻ります。
その道すがら、なかなかよさげな橋梁を1つ見つけたのですが、今はもう列車を待つのは無理…ここも次の機会のお楽しみにとっておくことにするか。17時ちょい前に西桑名行きの列車が出る。それまでには駅に戻っておかないと…。
完全に逃げ腰モードになっていました。(;^ω^)

…18時半過ぎには名古屋に戻ってこられたので、地下街に支店を出している有名味噌カツ店で夕食。
その後、駅のマックで適当に時間を潰して帰りの新幹線を待ちます。

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20時40分発、のぞみ258号で帰途に就きます。
三河安城を通過したところまでは記憶にあるのですが…朝も早かったことですし、今日1日の疲れがここでドバっと出たんでしょうね。
…最終的に自宅の最寄り駅に着いたのは、23時ちょい前。
疲れはしましたが、振り返ればたくさんの記録や思い出を残すことのできた、有意義な1日になりました。

しかし新幹線を使ってもこの体たらくなのですから、昔は毎年の定例行事となっていた18きっぷと「ムーンライトながら」を使っての遠征など、もしかしたらもう無理かもしれませんなぁ…。(;´・ω・)

撮影データ:
2012年3月 三岐鉄道北勢線 楚原〜麻生田
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2017年03月30日

9年ぶりの駅から

先日の記事からの続きですが、リニア・鉄道館を離れてしばし。
このような場所にやってきました。

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この写真を見ただけでピンとくる方は、相当なツワモノかと存じます。|д゚)

早々に大きなヒントを明かしますと、このレール幅はナローゲージです。
…とくれば、もうお分かりですよね。
以前は近鉄が保有していた、現在では三岐鉄道が運営するローカル鉄道の北勢線です。
このナローゲージの写真は、起点の西桑名駅で列車のいないうちにサクッと撮影したものです。
なぜ列車がいない時間にここにいるのかというと、名古屋駅から乗ったJR関西本線が、なんやかんやあって桑名駅に3分遅れで到着したのが発端だったんです。
その遅延のおかげで、乗り換え時間に全く余裕がなくなり、それでも何とかと西桑名駅までダッシュしたものの、きっぷを買って改札を通った瞬間に、列車は無情にも発車してしまいまして…。(;´Д`)
ここで次の列車まで、30分近く時間を持て余すことになってしまいました。
きっぷを買っている最中に「それ、乗りますからちょっと待っててくださーい!」と声をかければよかったかな…とも思いましたが、たまにはこうした何もない時間を過ごすのも、無鉄砲な一人旅の味わいの一つかな…と前向きに考えると悔しさも後悔もどっかに飛んで行ってしまいます。
まぁとりあえずはレンズの掃除でもするか…とかなんとかやっているうちに時間は過ぎてゆき、折り返しの列車がやってきました。

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275号車を先頭にした列車。
惜しい!271号車だったら…と考えるのは、私を含めたごく一部の事情通な方々だけだと思いますが。|д゚)
私がこの列車と相まみえるのは、まだ近鉄時代だった2003年以来。
当時は塗装も違っていたので、こうして改めて見ると何だか新鮮に感じます。

北勢線は三岐鉄道に移管すると大幅な駅の統廃合が進められ、当時17あった駅は現在では13に減っています。
ローカル私鉄の役割としては、短い駅間でもちょくちょく停まって、特に交通弱者のための利便性を保つことが必要なのでは…と思いますが、消滅した駅はそれを鑑みても必要がないと判断されたのでしょうか。
それと、多分北勢線で1、2を争うほどの規模だった北大社駅はどこへいってしまったのか…。
駅名が変わっただけ?とも思いましたが、どうもそれも違うよう。
近鉄時代に訪れた駅だけに、なくなってしまったのはいささかの寂しさを感じます。

さて、いよいよこの列車に乗って、目指すは楚原駅。
楚原駅と聞いて「あぁ…あそこで撮るつもりか」と勘づく方も多いと思われますが、その答えはまだ明かしません。|д゚)
次回の更新で掲載しますが、イマイチな写真しか撮れなかったので再挑戦を考えています…。
あまり期待しないでお待ちください。(;´・ω・)

撮影データ:
2012年3月 三岐鉄道北勢線 西桑名
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2016年09月25日

ドア開きまーす

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朝の遠鉄西鹿島駅の風景。
ご覧の通り、ホームにかかっていない車両があるのにドアが開いています。
運転士が停止位置不良をやっちゃった上に、車掌がドアの誤扱いをしたインシデントなのか?
いえいえ。これも遠鉄の朝においては、日常の風景だったりするのです。

遠鉄電車の基本は2両編成ですが、朝のラッシュ時間帯にはさらに2両が増結され、4両編成での運転を行います。
2面2線のホームを持つ遠鉄西鹿島駅ですが、そのうち2番線は2両分の長さしかないホームになっています。
ラッシュ時には増結された4両編成の車両がこの2番線から発車することもあるのですが、ドアカットの機能を持たない電車がここに入ると、このようにホームにかからないドアも開扉する様子を見ることができるんです。
東京人の私が初めて見た感想は「マジか!危なくないのかな…?」でしたが、日常的に利用している人にはこれは当たり前の光景のようで、乗車も慣れたもの。
平気な様子で乗り込み、車内からいつもの車両に移動し、いつもの座席に腰かけて発車を待ちます。

年に数回くらいは滑落事故があってもおかしくはなさそうですが、いまだ持って特に対処が行われていないということは、これはこれで乗客と遠鉄の相互に理解があるおかげなのか、目立った事故は起こっていないんでしょうね。
とはいえ、この状態では決して安全性がバッチリ確保されているとは言えないと思います。
例えば、目に障がいを持っていて白杖を使っている人にとっては、恐怖以外の何物でもないでしょう。

写真の車両は遠鉄1000形のうちの、クハ1507号車。
同形式は1983年から製造が始まりましたが、写真の車両は最末期に製造された同形式の中では一番新しい車両で、1996年に登場しました。
製造から今年で20年と、それなりの年月は重ねていますが、現在においても遠鉄の主力選手です。
しかし西鹿島駅2番線における4両編成の問題は、製造時にはすでに認識されていたと思うのですが、ご覧の通りドアカットの機能はナシ。
1999年から登場した最新型の車両となる2000形にも、どうやらドアカットの機能はない模様です。

まぁこの光景も面白いと言えば確かにそうですし、毎日乗車している利用客もこの状況には慣れているようですからねぇ。
初めて乗る人も、この光景には多少の驚きはあるにしろ、よほどのアレでもない限り、まさか開いたドアから落っこちることはない…と思いますし。
なので、遠鉄としては特に問題点として考えられていないのかもしれません。
しかし「重大な事故が起こってから対処」という、後手に回る考えはちょっといただけないかと。
様々な交通機関の中でも、特に安全とされている鉄道。
そのイメージを傷つけないように、とにかく安全性の確保には十分な配慮をしてほしいものです。
それはもちろん、遠鉄に限ったことではありませんが…。

ところで、この遠鉄の「西鹿島」。
ずっと「にしかしま」だと思っていましたが、この記事を書くために色々と調べていたところ「にしかじま」と読むのが正解だということが分かりました。
何度も往復して録音したり撮影した場所なのに、今になってそんな基本的なことに気づくなんて、私はまだまだだなぁ…と改めて自覚したのでした。|д゚)

撮影データ:
2008年9月 遠州鉄道鉄道線 西鹿島
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年08月10日

豊鉄にて

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東海地方で唯一残された路面電車、豊橋鉄道の東田本線(あずまだほんせん。今度は間違えないですよ。)から1枚。

これはもしかしたら私だけなのかも知れませんが、路面電車に乗ると決まって撮ってしまうアングルがあります。
…それがこの写真。
独特な形状のマスコンと、それに向かって伸びる運転士さんの腕。
客室内から無難に、運転士さんの邪魔にならないよう撮影できるという点もあるのですが、何となくこの光景に路面電車ならではの風情を感じてしまうんですよねー。(*´ω`)

季節は真夏。
ですが、さすがに夏至の頃と比べると、陽の落ちるのがいささか早くなってきたことを感じます。
写真からは、真昼から夕暮れに移り変わっていく途中の、微妙な色彩になっている様子がお分かりいただけるかと思います。
時間的に考えても、多少はやわらかになりつつありますが、それでも真夏の太陽光線は刺激的。
運転士さんは、ひさしを出してなお眩しそうな様子です。
そして、その陽に向かって走る電車。
照らされた真鍮製のマスコンが鈍く光って、これまた独特の味わいを出していますね。

前面窓からチラッとのぞく道床に目をやると、完璧かつバッチリ丁寧に整備されているようには見えません。
全国的に見ても路面電車の道床って、どこもこんな感じでしたっけ?
当然ながら運営各社によって多少の違いはあるでしょうけど、まずは安全第一で。
その上で、できれば乗り心地の良さを提供してくれればなー、と思っています。
でも多少粗削りな方が、列車の揺れや走行音などから風情を感じることもありますので、これはこれで。|д゚)

…豊橋鉄道の路面電車は、多くは他社から譲渡された車両で構成されています。
この電車は、廃止された名鉄美濃町線からやってきた元「モ584」号車。
赤岩口で車庫の様子をうかがってみると、何やら見慣れた形状の電車が…と思ったら、東京都交通局(都電荒川線)からやってきた7000形車両もありました。
それぞれの車両でクセや運転方法に違いがあるでしょうから、それを操る運転士さんもさぞかし大変だろうな…と思います。
これらをまるで自分の手足のように操縦できてこそ一人前、と言えるのかも知れませんね。

ところで、ずっと前から疑問だったのですが、電車が所定の停車位置を大幅にオーバーしてしまった場合、即座にレバーサを後進にしてバックしてもOKなのでしょうか?
後ろからは後続の電車や自動車の列が迫ってきていますし、そうそう簡単にはいかないような気がしますが…。
通過扱いが無難な考えなのかも知れませんけど、乗降客からはブーイングものでしょうね。|д゚)

撮影データ:
2008年8月 豊橋鉄道東田本線 井原〜競輪場前
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2016年06月16日

大鉄最古!C108

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入梅の時期も近づく6月、およそ5年ぶりに大井川鐵道を訪れた時のこと。
その目的はもちろん、SL撮影!
それまで駅撮りでしか経験のなかった私でしたが、今回は初めて沿線に出ての撮影ということで、カメラを持つ手にもいつもより何倍も気合が入っていたことを覚えています。
…空模様は6月らしい、どんよりとした曇り空。
この天気の中、真っ黒なボディーのSLをどのような設定で撮影するか、非常に迷ったことも思い出します。

そしてカーブの外側で構えて待つことしばし。
C10 8が牽引する、大井川鐵道の看板列車である「川根路号」がやってきます。
この時はとにかく「SLの雄姿を大写しにしたい!」という思いがあったので、被写体をフレーム目いっぱいに納めることばかり考えていました。
その結果、もう左右に一寸の隙も無いほどギリギリの構図で撮影することに成功しましたが、一方でいわゆるSL撮影のセオリーを全く無視した画になってしまいました。

「SLは煙が命!」とも言われますね。
SLを正面から撮影しようとするときは、大抵は空間に余裕を持たせて、主に縦アンの構図で煙の上り方や向きまで表現するのが一般的な撮り方かと思われますが、この時は見事な黒煙を出しているにも関わらず、それを上手く表現することができませんでした。
まぁこんだけギリギリの構図では、それも当たり前ですね。|д゚)
また、この写真からは動体感を感じることができないんですよね…。
これでは、駅で止まっている状態となんら変わりのない様子しかみてとれません。
普段は主に電車…たまに気動車を撮る程度なので、SLのもつ要素を活かした写真を撮るにはまだまだ経験不足でした。
次の機会のための良い勉強にはなりましたが、果たして次回SLを撮るチャンスはいつになることか。(;´Д`)

あんまりダメ出しばかりしてもつまらないので、話題を変えますか。
このC10形は、1930年に国鉄(当時は鉄道省)が製造したタンク式の蒸気機関車。
大井川鐵道で活躍している8号機が、この形式で残る唯一の存在です。
この8号機、新製時は新小岩区に配置されていたとのこと。なんと…私の住処のすぐ近くにいたのか…。
まぁ私自身はもちろん、私の両親すら生まれていない時代のことなのですが、何となく数奇な運命を感じてしまいます。

当初は東京や大阪などの都市圏で活躍し、95km/hでの高速運転を実現したこともあったようですが、都市圏が電化されると地方へ異動し、普通列車や貨物列車として運転されていました。
しかし、その異動先では気動車の導入が進んだ結果余剰となり、C10形は1962年には全廃となりました。
廃車された同形式の中で、この8号機だけは岩手県のラサ工業に譲渡され工場内専用線で使用されていましたが、その専用線廃止後は観光列車として数年間運用された後、休車状態となっていました。
そこに目を付けたのが大井川鐵道。1994年に同機を岩手県宮古市から譲渡され、整備ののち1997年から営業運転を開始しました。
営業運転に就いているとはいえ、その実は動態保存なのであまりにも負荷のかかる運用はされていないようです。
また、現状において単機では4両しか客車を牽引できないとあって、増結が求められる繁忙期には別の蒸気機関車が充てられているようですね。

SL列車に使われる客車も、昭和初期に製造された古豪ばかり。
当時の状況を知らない私でも、そのレトロな風景には感動すら覚えます。
大井川鐵道においては、それらの保守点検や部品調達などに大変苦労されていると想像できますが、まるでタイムスリップしたような素晴らしい風景を末永く残してくれるよう、是非とも頑張って欲しいものです。

撮影データ:
2013年6月 大井川鐵道大井川本線 福用〜大和田
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2016年03月23日

赤ガエルの思い出

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過日、熊本電鉄で活躍していた「青ガエル」こと元東急5000系が華々しく引退し、各地の鉄道ファンから注目を浴びましたが、ここ岳南鉄道にも同じ形式の電車が存在していたことはご存知でしょうか。
ただし、この車両は「青ガエル」ではなく、その塗色から「赤ガエル」と呼ばれていました。

…特徴的な大きな2枚窓に、下膨れの前面スタイル。
なるほど、カエルとはよく言ったものです。

観察してみると、乗降用ドアの窓がずいぶん小さく、高い位置にあることに気づきます。
ここから外の様子を見るにはある程度背の高さが必要だと思われますので、もしかしたら子供には不評だったのかも知れませんね。
それに、この造りでは駅到着時に車両の内外の様子が非常に分かりにくいのでは…と予想できます。
ホームではきっちり2列の整列乗車、ドアが開くと降車客が優先というマナーが守られないとトラブルの元になってしまうような気がしますが、ラッシュの激しい東急線で活躍していた頃はどうだったんでしょうね。

さて、この岳南線の5000系。
それまで使用されていた旧型車の置き換えの為に、1981年に東急電鉄から2両編成4本の計8両がやってきました。
これにより、岳南線の旅客用電車はこの車両で統一されることになります。
岳南線カラーであるオレンジ色に白い帯をまとった外見から、前述のとおり「赤ガエル」と呼ばれて親しまれました。
1996年に京王帝都電鉄から7000形がやってくるまでのおよそ15年間、岳南線の顔として活躍しましたが、除籍後は写真のように屋外に放置されたままになっていました。
塗装は剥げ車体は腐食が進行して、見るに忍びない姿になっており、今後どうなるのか気になっていましたが、2008年にすべての車両が解体され、5000系の面影は岳南線から消滅しました。

写真は運用を退いてだいぶん年月の経った、モハ5002形とクハ5102形の編成。
なぜか7000形が繋がっていますが、何のためなのかは分かりませんでした。
塗装が剥げたところから東急時代の塗色の緑色が見えており「これは保存というよりさらし首だよな…」と感じずにはいられませんでした。
しかし岳南鉄道としては、恐らく保存しているつもりはなかったのでしょうね。

…工場の煙突からはモクモクと煙が。そのためか、空もかすんでいます。
ここに来れば、そんな光景と5000系のコラボをいつでも見られるものと思っていたため、解体はちょっと残念です。
綺麗に塗装しなおしてもう一度走ってくれれば…とも思いましたが、車体全体の状態も悪く、そもそも岳南鉄道にはそんな資金の余裕はなかったんでしょう。

現行の7000形はオールステンレスボディーなのでだいぶん長持ちすると思われますが、もし次に置き換えがあった時にはどこの会社のどの車両がやってくるのか…。
ちょっと気になっています。|д゚)

撮影データ:
2004年3月 岳南鉄道(現:岳南電車)岳南線 岳南富士岡
Olympus C-720 Ultra Zoom (C-720UZ)
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2016年03月21日

ワムをかき分けて

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両脇の貨物線には、貨物輸送のワム80000形がぎっちり。
その間を「すみません…ちょっと通りますよ…」と言わんばかりにゆっくりと比奈駅に入線してきた、1両編成のモハ7001号車。
赤いFRP製のマスクに2枚窓を付けた丸みのある前面形状から、どことなく愛嬌のある顔になっていますが、全長18メートル級のオールステンレス製幅広車体で、岳南線の旅客輸送を支える主力車両です。

写真の車体を含む岳南7000形電車は、京王帝都電鉄(現:京王電鉄)の井の頭線で活躍していたモーター付き中間車の両端に運転台を設置して、ワンマン運転に対応するように改造したもので、1996年から1997年にかけて3両が岳南線にやってきました。
マメ知識ですが、この車両の車内スピーカーには京王帝都電鉄を表す「KTR」の意匠が残っていますので、乗る機会があったら観察してみてください。
…それを最後に確認したのは10年くらい前になりますが、まだあると思います。多分。|д゚)

ふとあたりを見渡すと、沿線に立ち並ぶのは大きな製紙工場。
この頃の岳南鉄道は、その工場群から荷受けされた紙製品を各地に輸送するため、有蓋車のワム80000形での貨物輸送が行われていました。
その後主流となるコンテナ車(コキ)の姿も見かけられましたが、当時のワム達の圧倒的な存在感と比べると、まだまだといったところでした。
この日ここにいたワムの色は青か茶でしたが、きれいに塗装されたばかりの鮮やかな色の車両もあり、年月の経ったちょっと色あせた車両もあり。
それらが混じり合って作り出す微妙な色彩のバリエーションが楽しかったのを覚えています。

賑わっていたように見えた貨物線ですが、実はその輸送量は右肩下がりでした。
この写真を撮影した2004年の貨物輸送量は、12.2万トン。
最盛期には100万トンに届きそうな勢いがあったことを考えると、ずいぶん衰退したものです。
その後、輸送手段が自動車(トラック)に本格的にシフトしていくと、鉄道による貨物輸送量の減少に歯止めがかからず。
結果、2012年3月に貨物列車の運行は廃止となりました。
それと共に、当時全国を見渡しても大変珍しかった「突放(とっぽう)」と呼ばれる貨物列車の入換方法も消えてしまいました。
写真による静止画では上手く伝わらない方法でしたので、この時にビデオカメラを持っていれば…と、悔しく思います。

輸送量の減少は貨物線だけに留まりませんでした。
旅客線の成績も振るわず、その輸送量は2004年度で69万人。
最盛期で年間510万人以上を乗せていた実績を考えると、もはや他に道はないのかと思わせます。
これらの状況を受けて、岳南鉄道が100%出資する子会社「岳南電車株式会社」が2014年に設立され、そちらに鉄道事業を移管して、現在に至っています。
岳南鉄道の主たる事業である不動産業や、筆頭株主である富士急行の業績から廃止は免れていますが、予断を許さない状況に大きな変化はないようです。

9.2kmの路線に10駅が存在するローカル線。
天気のいい冬の日には、きれいな富士山をバックに列車が走る光景も見ることができます。
今後も変わらず、その姿を私たちに見せてくれることを願ってやみません。

撮影データ:
2004年3月 岳南鉄道(現:岳南電車)岳南線 比奈
Olympus C-720 Ultra Zoom (C-720UZ)
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2016年03月19日

静鉄1000形洗浄中

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新清水駅から乗車した列車を長沼駅で途中下車し、何か面白い被写体はないものかとウロウロしていたら、偶然にも洗浄機に入ろうとする列車を見つけたので、すかさず撮影モードに切り替え。|д゚)

勢いよく吹き付ける洗浄液で、列車の前面が少しかすんで見えます。
列車が一旦洗浄機から抜けると、エンド交換をして再度入っていきましたが、その後は手洗いでしょうか。
清掃用具が見えています。
少し離れた場所からの撮影となりましたが、洗浄液の吹き付けやブラシが車体にかかる音はちょっと迫力がありますね。
それくらい強く洗わないと、汚れは落ちないのでしょう。
こんな様子はイベント会場以外では見たことがなかったので、とても印象に残っています。

…写真の列車は、静岡清水線で活躍する1000形の中でも最後期の1985年に製造された、クモハ1012号車とクハ1512号車で組成された編成。
最初期の列車が1973年製ですから、12年の年齢差があります。

オールステンレスの車体にカルダン駆動の抵抗制御車。
それにT型のワンハンドルマスコンを採用しており、パッと見「いかにも東急電鉄です!」…といったイメージです。
それもそのはず、製造は東急車輌。
しかもバッド社のライセンスにより製造された車両でもあり、これは東急7000系から始まる車両構造の革命の影響を大きく受けていることは明らかであることを意味します。
首都圏では東急電鉄を中心によく見られた造りですが、40年以上前に、しかも地方都市である静岡に、ピカピカのステンレス車がやってきた時の利用客のカルチャーショックは、相当なものだったかも知れませんね。

さて、車体前面をよく見てみると、運転席の上部に急行灯があるのが分かります。
これは1958年に始まった急行運転のために設置されたもので、この1000形にも引き継がれています。
さらに通過駅で旅客に注意を促すために、この形式にはミュージックホーンが搭載されていることは特筆に値するでしょう。
当時は名鉄のパノラマカーくらいにしか搭載されていなかったのでは?

残念ながら私がここを訪れるずいぶん前、1996年に急行運転は廃止され、生でそのミュージックホーンを聞くことはできませんでした。
しかし、2011年になって急行運転が復活。平日朝の下り列車に設定されているとのことです。
もちろん、急行灯もミュージックホーンも再度使用されているとか。
これは乗りたい録りたい!…でも平日朝か…うーむ。

先日(3月11日)に、1000形としては初めて1004号車が引退し、ヘッドマークの掲示や展示撮影会などが催され、一躍その手の業界でニュースとなりました。
それを押し出した存在として、新型車両のA3000形があります。
その第1編成が近日(24日)にデビューする予定となっており、これを皮切りにすべての1000形を置き換えていくそうです。

静岡鉄道を40年以上ひたすら走り続けた1000形は、間違いなく名車として、皆の記憶やたくさんの画像で語り継がれていくことでしょう。
いなくなる前にもう一度乗ってみたいものですが、東京から静岡へ直通する列車が新幹線のみとなってしまった現在、果たしてどうしようか…時間も資金もバカにならないし…。
…なんて考えている時点で、ダメですね。|д゚)

撮影データ:
2004年3月 静岡鉄道静岡清水線 長沼車庫
Olympus C-720 Ultra Zoom (C-720UZ)
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2015年06月22日

エメラルドの景色

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大井川をダムでせき止めて作られた「接阻湖」にかかる長い鉄橋を渡る井川線の列車。
ディーゼル機関車に押され、奥大井湖上駅に差し掛かろうとするシーンを捉えました。
鉄橋と小さなトロッコ列車の紅が、湖面のエメラルドグリーンに映えます。

奥大井湖上駅と鉄橋の開業は意外にも新しく、1990年のこと。
この湖を作る「長島ダム」の建設により井川線の一部が水没することになったため、別ルートで新線を引くことになった際に造られたものなのだとか。
写真の右上、水面ギリギリの位置にトンネルの入り口があるのがお分かりでしょうか。あれが旧線の名残の一つです。
他にもいくつか旧線を偲ばせる遺構があるのですが、それは湖の水位の低い時期に井川線の列車に乗っていただいて、是非ご自身の目で直接お確かめください。|д゚)
車掌さんから、見どころについてアナウンスがあると思いますので、割と簡単に見つけられるかと。
…いや…それらを撮影したコマがないというのが本音なんですけどね。

ところで、この写真を撮影するために列車到着の1時間前にここに来ていたのですが、その時はきれいな晴天で、これはいい写真が撮れそうだとわくわくしていたのもつかの間。見る見るうちに天気が悪化し、結果として雨の降る中の撮影となってしまいました。
天気のいい時にはエメラルドグリーンに輝く美しい湖面も、雨粒でノイジーな状態…。
山の天気は変わりやすいことを、身をもって知ることになりました。

さて、「この画角の写真をつい最近、どこかで見たことがあるな…?」とお気づきの方は鋭いですね。
そう。あの名優トミー・リー・ジョーンズと日本を代表するタレントのタモリらが共演している、缶コーヒーのCMです。
鉄道の持つロマンを主題としたあのCMの中でも、この場所は雨が降っているという設定です。
何という偶然でしょう…。
その映像を思い出しながらこの写真を見ていただけると、撮影者冥利に尽きるといったところです。(*´ω`*)

撮影データ:
2013年6月 大井川鐵道井川線 ひらんだ〜奥大井湖上
Canon EOS 7D + EF24-105mm/F4L IS USM
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2015年06月07日

丸ズーム健在なり!

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大井川にかかる橋梁を渡り、ゆっくりとしたスピードでカーブに差し掛かる二枚窓の普通電車。
緑の要素の多い景色に、濃淡の緑で構成されている電車の塗色がよくマッチしていますね。
年季の入った中古車のため若干くたびれた様子がうかがえますが、そんなことは気にも留めない様子で、今でも元気に走っています。

21000系と呼ばれるこの電車は、かつて関西に拠点を置く南海電気鉄道で「ズームカー(丸ズーム)」の愛称で親しまれていた21001系を譲り受け、大井川鐵道で運用されるために必要な改造を施されたもの。
譲渡元の南海からは1997年のさよなら運転を最後に姿を消しており、現在ではここ大井川鐵道と島根県を走る一畑電車で見られるのみとなっています。

濃淡の緑で構成されたこのカラーリングは、いわゆる南海の旧塗色。
晩年は白をベースに青とオレンジの帯の巻かれた新塗色で活躍していましたが、譲渡されるにあたり大井川鐵道側の要望で、この塗色が復活したとのことです。

構造に目をやると、1両17メートル級の車体に片開きのドアが2つ、座席は転換クロスシートとなっており、もともと通勤型電車として製造された車両ながらも、ちょっとした旅行気分も十分味わえる造りになっています。

形式名をそのまま引き継ぎ、内装・外装ともに極力原型を崩さずに今も活躍しているその様子は、さながら動く博物館。
過去、この車両を日常的に見たり乗ったりしていた人にとっては、懐かしさもひとしおでしょう。

とは言え、古い電車ゆえにいつかは限界が来るもの。元気に走っている様子も、いつまで見られるか分かりません。
大井川鐵道のことですから、またどこかから中古車を譲渡してもらって走らせるでしょうけど、どの形式も当たり前に存在しているうちに、記録や思い出としてしっかりと残しておきたいものです。
次はどんな車両が入ってくるのか楽しみではありますけど、それは同時に消える車両があるということですからね。

撮影データ:
2013年6月 大井川鐵道大井川本線 青部〜崎平
Canon EOS 7D + EF70-200mm/F4L IS USM
posted by くろやっこ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道画像(中部)<民鉄>