2017年09月30日

構内試運転 〜サンパチの場合

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東海道本線の岸辺駅から、113系3800番台「サンパチ君」の様子を1枚。

一見側線っぽく見えるこの線路はJR吹田工場から伸びているもので、区別としては同工場の構内となっており、旅客線にはつながっていないのだとか。
そんな理由もあって、ここは同工場からの出場を控えた列車がよく試運転を行う場所として知られ、格好の撮影ポイントとなっているようです。
ネタによっては同業さんがつめかけることもよくあるそうですが、この日はそんな気配は全く見られず。
のんびりとしたスピードで何往復も試運転を行う風景を、難なく独り占めすることができました。
今、この列車がここを通るなんてことがあったら、パニックは必至かと。
なにぶん、ファンの間では伝説の域に達するほどの変わり者ですからねぇ。
ここいらで、その伝説のゆえんを振り返っていきたいと思います。

…しかしこの写真、見た感じはごくごく普通の113系。
国鉄時代から大都市近郊を中心に導入された車両であるという経緯もあり、人によっては「ザ・電車!」というイメージがあるかもしれませんね。
よく観察してみると、窓枠周りの押さえが太くなっています。
ここいらはJR西日本ならではの仕上げ、と言ったところでしょう。
カラーリングも(今でこそ貴重な存在となりましたが)主に福知山地区で以前からよく見られたものです。
この車両もご多分に漏れず福知山地区に投入されたもので、特に利用客の少ない篠山口以北や山陰線方面のローカル運用に特化して、2両編成化とワンマン運転に対応する改造工事を施されたものとなっています。
それらすべてをひっくるめても、まぁまぁ無難な造りになっているな、という印象でしょうか。
では、なぜ伝説となり、「サンパチ君」という愛称をつけられるほどの存在になっているのか?
以下、ご覧ください。|д゚)

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反対側の先頭車です。
いやー、しかしこの造りはさすがに反則級ですよね。
中間車(モハ)の車端部をスパッと切ってみましたー!
そこにとりあえず窓をつけてみましたー!
視認性を向上するために、警戒色の板をつけてみましたー!
…なんて、もう「JR西日本のやっつけ技術をすべて集めるとこうなる!」といった感じで、「魔改造」と呼ばれるのも頷ける仕上がりになっています。
まぁ長く使うつもりはなかったのかもしれませんが、もうちょっと何とかならなかったのでしょうか。
最初にこの車両の写真をネットで見たとき「これがいわゆるウソ電か…それにしてもこのやっつけ感、よくできているなー!」と感心したものですが、まさかホンモノだったとは。
実際にその姿をこの時この目で見るまでは実感がなかった、というのが正直な感想です。
インパクトだけは抜群ですね…そりゃどんなファンでもびっくりしますわな。
ちなみにここでは「回送」となっている行先表示ですが、「方向幕をコンパクトによくまとめたなー」と漠然と思っていたのですが、後に「板である!」ということを知り、びっくりネタがさらに追加されました。

できれば順光で撮りたかったんですけど、「また会うこともあるだろうし、今回はこのくらいで勘弁してやるか」なんて軽く考えていました。
ところがそうこうしているうち、2008年の8月には運用が終了してしまい「サンパチ君」はあえなく鬼籍入りとなってしまいました。
この写真が最初で最後の出会いになってしまうとは…残念です。(´;ω;`)
とはいえ、通常では少なくとも篠山口まで行かないと見られませんし、そんなに列車本数の少ないところでマイカーもなしに美しい姿を撮影できるか?と考えてみると、それもなかなか難しく。
そんな私にとっては、岸辺駅でこの時この写真を撮影できたのは、まさに神がかり的なラッキーだったんですね。

先日掲載した「トワイライトエクスプレス」のカットもそうですけど、この場所には私に微笑む幸運の女神がいる!
…そんなことを、今になって余計に思うのでした。

撮影データ:
2005年9月 JR東海道本線 岸辺
Panasonic DMC-FZ20
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2017年09月18日

大阪環状線の一風景

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381系の特急「くろしお」と離合する、大阪環状線の103系。
天井から床までストーンと一直線の103系と、振り子仕様で低重心を意識した381系とのフォルムの対比が面白いのではないでしょうか。
また、色彩の差も見どころとなるでしょう。
白地に濃淡のオーシャンブルーが爽やかな印象を与える381系と、目立つけどなんだか野暮ったい印象のオレンジバーミリオン一色の103系。
特急電車として非日常感を演出する列車と、誤乗防止に特化した色の普段着の列車。
どちらもそれぞれの性質を上手く表現できていて、よろしいのではないかと。

103系は京橋行き。
快速列車ではごく当たり前のように存在しますが、各駅停車ではレアなのでは?
…と思って調べてみたら、今でもちょくちょく走っているみたいで。逆回りの大阪止まりの方がレアなんですね。orz
でも京橋行きは入出区の関係で、ってのは分かるのですが、大阪止まりの意味って…?
私が最初に大阪を訪れたときには結構あったような気がするんですけど…よくわかりません。

ところでこの写真、すれ違いをいいタイミングで撮ったね、と思いました?
実は381系の方は前方の信号が停止現示だったので、数分前からこの位置に停まっていました。
だから並びを難なくモノにできたと。ネタばらしでした。|д゚)

しかしこの並びも、今となっては懐かしく。
「くろしお」の381系は2015年に撤退済みですし、各駅停車の103系は現時点で残り2編成で、その最終運行も来月早々までと秒読み段階です。
見慣れた車両がなくなってしまうのは寂しい…。
それは確かにそうですが、いかんせんどちらも年代物の車両ですし、それなりのスペックのデジカメで撮影ができるまでよくぞ生き残ったと、むしろ褒めてやらなければならないでしょうね。
とはいえそこはJR西日本。
381系は「やくも」での運行が続いていますし、103系も大阪近郊をはじめとする他線区ではまだ現役です。
どちらの車両も完全になくなるのはまだ先のことになりそうですが、賢明な鉄道ファン諸氏におかれましては油断をせずにこれらの動向を見守ってもらって、引退間際の大混雑になる前には記録を済ませておくくらいの余裕を持っていただきたいと思います。
いや、混雑する様子や最終列車の雰囲気が好きという方もいらっしゃるでしょうから、それぞれに楽しみ方に対して何かを強要をする訳ではありませんよ。念のため。
103系や201系の完全撤退を趣味人として体験した、東京住まいの一個人からのお知らせでした。|д゚)

ところで、かつては特急型や近郊型の専売特許だった拡幅車体の電車ですが、最近では通勤型にも採用されるケースが多くありますね。
そんな環境の中にいると、久しぶりに寸胴な103系の車体を見るにつけ「なんだかやけにスリムだな…こんなに縦長だったっけ?」なんて印象を受けることもあるのでは。
特に首都圏近郊では、ほとんどの線区の電車が拡幅車体ですから。
私などは、たまに鶴見線や南部支線あたりの205系をふと眺めると「何かが違う…」と、ちょっとした違和感を覚えてしまいます。
すでに拡幅車体が広まった時期以降に産まれた、10代くらいの若い方はもっと強くそう感じるかもしれませんね。
そのギャップが珍しくて鉄道趣味に足を踏み入れる、という可能性もあるのでしょうけど。(=゚ω゚)

撮影データ:
2005年9月 JR大阪環状線 西九条〜野田
Panasonic DMC-FZ20
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2017年09月16日

おわら臨、あの頃

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お盆の時期はとっくに過ぎてしまいましたが…。
毎年9月に富山県で開催される「おわら風の盆」に合わせて運転される、いわゆる「おわら臨」の列車。
この時は「臨時特急おわら号」に、往年の国鉄特急型気動車キハ181系が供されていました。
…と言っても、最初からこの列車を狙っていた訳ではないんですよ。

塚本駅で普通列車をまったり撮っていたのですが、時間の経過とともに少しづつ同業さんが集まってきまして。
近くにいた人に「今日、これから何か走るんですか?」と尋ねてみたところ、「おわらだよー」と答えてもらえました。
しかし当時の私は「おわら」の知識は皆無だったので「何だろう…おわらって…とにかくこれだけ人が集まってくるんだから、きっとビッグなネタだろう!」と確信して、その列車の到来をひたすら待ち続けました。
先ほどの同業さんは「この炎天下、日なたで待つなんてキツいよねー!ホンマ、みんなようやるわー…」と言って日陰に引っ込んでしまいましたが、私にとってはここを走るすべての列車がネタなので、ひたすらホーム端で撮影を続けます。

…それから何十分経ったでしょうか?
急に同業さんの間にピンと張りつめた空気が流れだしたことを察すると、程なくして遠くから気動車の力強いエンジン音が。
そのついにやってきたのが、この写真のキハ181系でした。
当時はまだ定期列車の「はまかぜ」などで活躍中の同形式でしたが、これだけの同業さんが集まるということは、おわら臨に入るのは珍しいケースなのでしょう。多分。
臨時列車とはいえ、しっかりヘッドマークまで装着してのご登場で、私にとってはまさに棚ぼたというか…本当に思いがけないサプライズでした。
通過の際に耳にした、1機当たり500馬力をたたき出すという重厚で力強いエンジンの咆哮は、国鉄特急型という肩書にたがわぬものでしたよ。

ひとしきり堪能して、先ほどの同業さんに「これからどちらへ?」と訊いてみたところ「大阪駅に行くよ。おわらの終点だからゆっくり撮れるよー」という、何ともありがたい情報をいただけたので(本当は「他に珍しい列車が走るのならご一緒していいですか?」という流れにしたかったのですが)、各駅停車に乗り込んで、私も大阪駅へ向かうことにしました。

で、大阪駅へ移動し、さっき到着したばかりのおわら臨をロックオンしますが…。

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光線の具合もなんだかよくないですし、まもなく隣のホームにサンダーバードが入ってきたため、ロクに撮れず。(´Д`;)
でもまぁ、キハ181系の実物を目にする機会すら片手で数えられるくらいしかなかったので、いい経験になりました。
感想としては…武骨な造りのボディーに、あたりに響き渡る大音量のアイドリング音。そしてそんな状態でいてもなお勢いよく噴き出す排気ガス。
この列車を擬人化するとしたら、間違いなくゴツくてガタイのいい男性だろうな、といった感じでした。

今、この写真を改めて見て思ったのですが、もうここでこんな写真を撮ることはできないんですよね。
駅舎リニューアルで大阪駅の上にはでっかい屋根ができましたし、キハ181系にしても、2012年に一部の車両がミャンマーへ譲渡された時点で全車廃車・廃形式となっていますから。

時代の移り変わりとともに変わらないものなどない。
未来志向の考えを持てばそれもすんなり受け入れられるのでしょうけど、やっぱり日常としてそこにあったものがスパッとなくなったりすることには、一抹の寂しさを感じてしまいます。
しかし、だからこそ、私は「写真を撮ろう」って思うのです。

撮影データ:
2005年9月 JR東海道本線 尼崎〜塚本
Panasonic DMC-FZ20
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2017年09月14日

大阪環状線の「1」

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103系のトップナンバーである「クハ103−1」。
実は私が大阪を訪れるたびに、ひそかに楽しみにしていた車両です。
今回はこの車両のお話を思い出しながら、つらつらと書いていきたいと思います。

趣味として初めて大阪入りしたのはもう20年近く前のことなのですが、偶然にもこの車両に出会って「すっげー!1番かよ!」と感動したのをよく覚えています。
しかし残念ながらその時の撮影データは不慮の事故のために残っておらず、そのせいもあって「いつ引退するかもしれない…早めに撮っておきたい…」とずっとモヤモヤしっぱなしでした。
それだけに、この時「撮影できて本当によかった…」と感慨深いものがありましたが、それにはちょっとしたエピソードがありましてね。

…大正駅で大阪環状線の写真を撮っていた時のことです。
ホームでカメラを構えていると、1人の男性が私に話しかけて(バリバリの関西弁でしたが、再現はできません…。)きました。
「あんちゃん、環状線撮ってるの?」
「環状線なんて撮っても面白くないでしょ?そういえば、昨日同じ場所で撮ってたあんちゃんいたよ。横浜から来たって言ってた。」
「そのあんちゃんは『東京より古い電車がいっぱい走っているのがいい』って言ってたけど…そうなの?」
と聞かれたので、
「そうなんですよ。例えば、車体に番号が書いてあるじゃないですか。その数字が小さいほど古い車両ってことになるんですけど、東京にはここみたいな若番はありませんねぇ。」
「今入ってきたのは、ほら……って1か!すみません、これ撮ります!」
と、慌ててシャッターを切ったことが思い出されます。( ˘ω˘ )
これも旅の思い出ですね。

さて、1976年から30年以上の長きに渡って大阪環状線の顔として活躍した「クハ103−1」ですが、2007年に阪和線へ移籍となります。
カラーリングもオレンジバーミリオンからスカイブルーへ変更され、新天地での活躍を始めることになるのですが、寄る年波には勝てなかったのか…移籍からわずか4年後には廃車となりました。
しかしながら、JR西日本はこの車両の存在に価値を見出していたのでしょう。廃車後も解体は免れ、しばらくの間保管されていました。
そんな中、老兵に希望の光が射し込みます。2016年にオープンする、京都鉄道博物館での展示が決定するのです。
大阪環状線で活躍していた頃のカラーリングにきれいにお色直しし、国鉄時代に一大勢力を築いた通勤型電車の代表選手として、多くの来館者に見守られながら静かに時を過ごしています。
ということは、この写真は展示車両の現役時代を記録した貴重な資料ということに…というとだいぶん大げさでしょうか。|д゚)

西日本へ来てからいくつも特徴的な改造を施された(N40更新の対象にならなくてよかった…)ものの、台車やベンチレーターなどの形状を見るに、まぁそれなりに原形を留めている方なのでは、と感じます。
しかしながらこの「クハ103−1」の価値は、新造時代の名残が云々…というより「この形の電車が大阪環状線で活躍していた」という点に大きくあるのではないか、と考えます。

もう二度と走らない状態になってしまった車両ですが、「京都へ行けばいつでも会える!」ということを思うと、いつぞや感じていたモヤモヤ感もありませんし、常に最高のコンディションで待っていてくれるのは嬉しい限りです。

撮影データ:
2005年9月 JR大阪環状線 大正
Panasonic DMC-FZ20
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2017年09月12日

ギリギリトワイライト

それは東海道線の写真を撮影していた時のことでした。

「同じ東海道線でも、東京近郊のそれと比べると関西は電車のバリエーションが豊富で面白いなー」なんて思いながら、まったりとした時間を過ごしていたところ、カーブの向こうから何やら見慣れない色の機関車がやってくることに気づきました。
何だろな?とよく目を凝らしてみると、トワイライトエクスプレスではありませんか。
「え、今日は運転日かいな!下調べしてなかったわー。カメラのセッティング間に合うかな!?」
などと焦っているうちに、どんどん列車は近づいてきます。
「あーもういいや、とりあえずシャッター切ろう!」
と半ば投げやりで撮影した結果がこちら。

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フレームいっぱいいっぱいに、まるで図ったかのようにきっちりと編成全体を収めることができました。
まさに神がかりの偶然。撮影した自分自身でも、この結果をにわかに信じられませんでしたよ。( ゚Д゚)

さて、このトワイライトエクスプレス。
大阪〜札幌間、およそ1500kmの道のりを22〜23時間かけて走る、当時としては日本一の長距離列車として知られていましたね。
残念ながらこの列車は2015年に運転を終了してしまいましたが、その愛称は今年6月に超豪華寝台列車として鳴り物入りで登場した「トワイライトエクスプレス瑞風」に受け継がれています。

写真から編成の様子を見てみましょう。
まずは先頭の牽引機。ここのところ見かける機会がめっきり減った、EF81形交直流電気機関車です。
このトワイライトエクスプレス専用のカラーリングは、まるでヨーロッパあたりで活躍しているような機関車をイメージさせます。非日常感の演出にはもってこいですね。
1両目の屋根が茶色いのは、牽引機のパンタグラフが架線をこするためなので仕方のないことですけど、ロネなんですからもっときれいな状態を保っていただきたいなぁ…なんて。
そんな中、特徴的でひときわ目を引くのは3両目に見える車両の造りでしょうか。
ここだけへこんでいるように見えます。天井がほんの少し低いのと、屋根上の機器の違いからこう見えるんですね。
その隣の車両も、屋根上まで届くような大きな窓が印象的です。
ちょっと調べてみたところ、3両目の車両はスシ24形食堂車で、レストランカー「ダイナープレヤデス」という愛称がつけられていたそうです。
…食堂車は私にとって憧れで、特別な存在でした。
一度でいいから乗車して、その料理に舌鼓を打ってみたかったのですが、今となっては瑞風のように超が付くほど高額なチケットを、全国の猛者から争奪戦で勝ち取らなくてはそれも叶いません。
私もいつかトワイライトエクスプレスに乗って、関西旅行と北海道旅行を同時に楽しむことが私の大いなる野望でしたが、間に合わなかったかー…。orz
それはさておき、4両目の車両はオハ25形サロンカーで「サロンデュノール」という愛称だったそうです。
もう、この2両だけでもかっこよすぎ。

もはや今、寝台列車に乗車できるのは上流階級の方々の特権であるかのようになってしまいました。
庶民でも気軽に乗れる…いっそ全車解放Bでもいいので…そんな寝台列車があればな、と思いますが、利用客の減少や車両の老朽化を鑑みるに、未来は明るくないですね。
新幹線でも飛行機でも味わうことのできない、プレミアムな時間と空間。
…って書いたところで「あぁそりゃ高級志向にもなるわな」と、変に納得してしまう私がいるのでした。|д゚)

撮影データ:
2005年9月 JR東海道本線 千里丘〜岸辺
Panasonic DMC-FZ20
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2017年09月10日

残りわずか!環状線の103系

皆さま、お久しぶりでございます。

ここ数か月ブログの更新が一切なかったので、「くろやっこの奴は生きているのか?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんけど、きっちり生きていますのでご安心ください。
しばらくクリエイティブな作業から遠ざかることによって、創作意欲の「充電」をさせていただいていました。

今日をもって完全復活!
…となればよかったのですが、そこまで到達するにはもうちょっと時間が必要だと考えています。
そのため、今回(今後数回)の更新は、短期間だけの試運転だということをご理解ください。

お時間をいただいている間、写真撮影は細々ながら行っていましたが、文章の執筆についてはほぼ皆無の状態でして、以前のように長文をバリバリ書けるかというと…それは非常に微妙なところです。
腕はだいぶん鈍っていると思いますが、温かい目で見守っていただき、お付き合いいただければ幸いです。

さて、本題へ移りますね。
首都圏をはじめとするJR東日本管内ではすでに何年も前に消滅してしまった103系ですが、JR西日本ではいまだ健在の線区がいくつかあります。
その中でも特に注目されやすく、シンボル的なイメージを与えるのが「大阪環状線」で活躍するそれであると言えるでしょう。
しかし、ネットのニュースなどで取り上げられているのでご存じの方も多いかと思いますが、今年10月3日をもって同路線の同形式は引退とのことです。
103系が10月3日に、というのはJR西日本なりの心憎い演出なのか?と想像してしまいますね。
そんな訳で今回は、10年以上前からいくつか撮影していた大阪環状線の103系のお話を取り上げてみたいと思います。

P1010681.JPG

大正駅から223系との離合シーンを撮影していました。
オレンジバーミリオンの103系はJR東日本管内(武蔵野線)にも存在していましたが、前面の窓周りに施された特徴的な太い金属枠を見ると「あー、西日本だな」という実感がわいてきます。
当時は各駅停車が103系、大和路快速が221系、関空/紀州路快速が223系という、車種と種別の棲み分けがキッチリしていたことが印象に残っています。
思い返せば103系はN40更新工事が進行中でしたし、トップナンバーですら健在でしたから、「本当はあと40年使うつもりなんじゃね?N40だけに!」なんてジョークも、完全否定できなかった時代でした。
写真の編成をよく観てみると、中間の1両だけ更新工事を受けていて、明らかに見た目が違う車両が混ざっているのがお分かりいただけると思います。
更新車の外観は、窓周りや雨どいから屋根にかけてのフォルムが特徴的ですね。
内装も従来のものと比べるとガラリと印象が違っていて、非鉄の利用者の中には「環状線にやっと新車が入った」と勘違いした人がいたとかいないとか?
…それにしても中間、しかも1両だけ更新されるってことは、それだけ頻繁に編成の分解・結合をやっていたってことでしょうか。
そのあたりの事情がさっぱり分からないのですが、そのやり方だと検査による入場の時期もバラバラになってしまうでしょうし、非効率なのでは?と思いますが。

ところで、この頃はまだクハの更新車が少なかったと記憶しています。
特徴的な正面の1枚窓を最初に見たときには「これは103系っぽい…いや、確実に103系なんだけど、何か全然違う要素がある!」と、それはそれは強烈なインパクトを受けたものです。
特に高運転台の更新車は滅多にお目にかかれず、何とかして撮りたいと苦心していましたが、短い滞在期間の中で日がな一日環状線に張り付いている訳にもいかず、結局1〜2カットくらいしかモノにできませんでした。
現状はどうなんでしょうか。
N40更新車はここでしか見ることができないものなので、たくさんいるのであれば今がラストチャンスかと思いますが…でもさすがに来月早々引退となると都合がつかないか。orz

…そんな無念さを引きずりながら、遠く東京の地からネットで引退の様子を見守ることにします。
引退当日には多くのファンでにぎわうのでしょうし、大阪環状線からはいなくなっても、他に103系が活躍する線区は少数ながらも残るでしょうからね。|д゚)

次回も大阪近郊の話題を…書ければ書きます。

撮影データ:
2005年9月 JR大阪環状線 弁天町〜大正
Panasonic DMC-FZ20
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2016年06月25日

雨晴海岸にハットリくん

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8年前(もうそんなに前になりますか)の梅雨時に、北陸地方を訪れたときに撮影した1枚。
JR氷見線の越中国分〜雨晴間は、線路のすぐ近くに富山湾(日本海)が広がっており、天気の良い日にはとても美しい景色を楽しむことができます。
この区間に存在する海辺は「雨晴海岸」と呼ばれ、鉄道ファンならこの景色に列車を絡めて。またそれ以外のカメラマンには、初日の出が上る様子や夕焼けを、遠くに見える立山連峰と共に撮影できるスポットとしても有名な場所です。

私がここを訪れた日は、梅雨真っただ中の時期にも関わらず、割とよい天候に恵まれました。
ただ、遠くの景色はガスがかかっており、立山連峰の姿をうかがうことはできませんでした。
…この写真は、立山連峰に背を向く形での撮影になるため、もともと写し込める訳がないのですが。|д゚)
それでも海の様子や、ちょっと沖にある松の木をたたえた島(…とは言わないか。岩礁?)の景色は最高です。

そんな中やってきたのは、高岡行きの1両編成の気動車。車番は「キハ40 2136」と読み取れます。
ラッピングは、幅広い年齢層で知られているであろう、藤子不二雄作の「忍者ハットリくん」。
2004年3月27日から氷見線と城端線で運行が開始されたこの列車、絵柄にはいくつかバリエーションがあるようですが、今回はその全てを確認することはできませんでした。
この時撮影した車両の前面は、上部にピンクのグラデーション、下部には冬の立山連峰の絵が青と白で描かれています。
青い空と青い海にその車体の色彩が映えていて、大変よろしいかと。

しかし、なぜここに「ハットリくん」の列車が?…と、疑問に思った方もおられるかも知れませんね。
実は、藤子不二雄のF氏は高岡市、A氏は氷見市の出身なのです。
その二人が初めて出会った高岡市立定塚小学校も氷見線の沿線にあり、ハットリくん列車の車内アナウンスでも紹介されていました。
氷見線にゆかりのある列車が、氷見線の運用に就いている場面を撮影できたのはラッキーという他にないでしょう。

ただ、惜しむらくは逆光。
氷見線の列車本数を考えると、何も考えずに行き当たりばったりで出かけてはいいショットをモノにできないことと、この日は氷見線だけでなく他の線区へも訪れる予定でしたので、あまり長居ができなかったのが残念でした。
再訪できる機会があれば、今度はじっくりと腰を据えて撮影に臨みたいものです。

さて、この時は往復の新幹線(寝台列車)のグリーン車と、富山県・石川県を中心とするフリーエリア内において、JRの特急列車自由席に乗り放題がセットになっている「北陸フリーきっぷ」を使用したのですが、JR東日本が発行するこのきっぷは、もうなくなってしまったようですね。
似たようなきっぷがあるにはあるのですが、大人の休日倶楽部の会員専用のようで…。
原因はやはり、北陸新幹線の開業と在来線の3セク移行によるものでしょう。
これにより18きっぷのみを使用して高岡へ行くことはできなくなり、また富山・高岡・金沢の北陸3大拠点間の移動も、在来線特急の廃止で非常にうっとうしくなりました。
「何してくれてんねん!」といった心境ですが、こうなったら素直に新幹線を使うしかないのかな…。

速くて快適になるのはいいこと。
ですが、訪れる人全員が無条件で新幹線を利用したいと考えている訳ではありません。
そのあたりも、もうちょっと配慮してくれれば…と思いますが、JRも営利企業。
コストカットできるところは切り離して、儲かる路線に誘導したいのは自然な考えですよね。

まぁ氷見線の撮影に関していえば、東京から始発の新幹線で一気に新高岡(高岡じゃないのがちょっと!)まで行って、帰りに最終の新幹線を使えば日帰りも十分可能な訳ですから、便利で身近になったといえば、確かにそうですね。
…私はここ最近遠出していないせいで、心の中に何かこう…溜まっているものがあります。|д゚)
ヒマとお金とやる気の3大要素が揃えば、フラッと出かけることもあるかも知れません。

撮影データ:
2008年6月 JR氷見線 雨晴〜越中国分
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
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2012年08月20日

大糸線の旧型気動車

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夜行快速「ムーンライト信州」と普通電車を乗り継いでようやく到着した、新たな旅の出発点、南小谷駅。
降り立った瞬間、都会の蒸し暑い空気に慣れた身体には、涼しくて心地のよい気候にほっと一息。
ここから大糸線の非電化区間に入り、一路日本海側の糸魚川を目指すというところ。

待つことしばし。キハ52形使用のワンマン列車が、のんびりトコトコとやってきました。
2010年以降、老朽化した同形式は全て新型のキハ120形置き換えられてしまいましたが、この写真を撮影した時点ではバリバリの現役。
力強いエンジン音を響かせながら、山間を縫うように走っていきます。

写真のキハ52 125は、置き換え後に千葉のローカル線である「いすみ鉄道」に譲渡された車両です。
現在では大糸線カラーから国鉄色に塗り替えられ、同路線で主にイベント列車として元気に走っています。
私にとって遠くへ行かなくては出会えない形式であるとともに、老朽化のため次々に廃車解体されているのが現状で、滅多に見ることができないという手の届きにくい位置にあったものが、都心から比較的近い千葉で活躍しているということで、これまでよりも身近な存在となったのは嬉しいことです。
新天地で活躍する同車両に、是非近いうちに再会したいものです。

撮影データ:
2003年8月 JR大糸線 南小谷
Olympus C-720 Ultra Zoom (C-720UZ)
posted by くろやっこ at 21:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄道画像(西日本)<JR>

2012年08月13日

車掌さんの安全確認

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485系使用の特急「雷鳥」が、福井駅を発車する間際の風景。
戸締め時、グリーン車の車掌室からも車掌さんによるホームの安全確認が行われていました。
仕事に集中する人物の姿は、どのような時でもかっこいいものですね。
コンパクトデジカメを使った割には、雰囲気がよく出ている写真が撮れたと思います。

ちなみにこの列車、この写真が撮影された1ヶ月後に撤退した、先頭車がボンネット型の485系です。
さらに「雷鳥」の愛称は、その後を継ぐ「サンダーバード」として使用される681系・683系の増備に伴い、2011年に廃止となりました。
全国に国鉄特急色の485系がどれだけ残っているのか分かりませんけど、現在となってはこのような写真を撮る機会もめっきり減ってしまい、レアな光景となってしまったのではないでしょうか。

北陸方面の列車は時を追うごとに新車が続々登場し、ちょっと前まで見られた当たり前の光景も、どんどん過去帳入りしています。
さらに新幹線の建設工事も正式に認可され、一気にイメージが変わろうとしています。

過去にあった何でもない光景でも、時が経つといずれ貴重なものとなります。
カメラを片手に「いいな」と感じたものは、貪欲に撮影していく精神が大事なのではないかな?と思っています。

撮影データ:
2003年8月 JR北陸本線 福井
Olympus C-720 Ultra Zoom (C-720UZ)
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2012年06月27日

美しき風景と高岡色気動車

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先日公開した富山ライトレールの写真と同じく、4年ほど前の梅雨時に北陸を訪ねたときに撮影したものです。

今回の被写体は、富山湾沿いを走るJR氷見線。
雨晴駅から越中国分駅の区間に見られるこの海岸は「雨晴海岸」と呼ばれ、特に景色が美しいことで知られています。
条件が揃えば富山湾越しに立山連峰を望めるらしいのですが、この日は梅雨のひとときの晴れ間にも関わらず、残念ながら見ることはできませんでした。
海岸から50メートルほどの沖合に浮かぶ小さな島は「女岩(おんないわ、めいわ)」です。
万葉歌人である、かの大伴家持も愛した景色と言われ、実際にいくつもの歌に詠まれています。
確かに、松を湛えたその島はそれだけでも絵になるのですが、やはり鉄道ファンとしては列車を絡めて撮りたいところですね。

日中は基本的に単行で運行されている氷見線ですが、どうせなら長編成を撮りたいと思い、朝のラッシュ時ならば撮れるのではないかと考え撮影に赴いたところ、予想は見事に的中。高岡色キハ47形の、堂々4両編成の列車を捉えることができました。

このアングルの反対側には「男岩」や、源義経を由来とする「義経岩」があり、そちら側にカメラを向けても非常に美しい写真を撮ることができます。
この写真を撮影した後、越中国分駅まで徒歩で移動したのですが、雨晴海岸の美しさには甚く感銘を受けました。
私が鉄道写真を撮り始めて以来、一番美しいロケーションであると断言できます。
この路線だけを目的としても、北陸まで出向く価値は十分にあると思いますので、みなさんも是非。
あれから私のカメラとレンズのスペックが上がり、撮影技術も多少なりとも向上したため、今一度撮影に赴いてみたい。強くそう思っています。

撮影データ:
2008年6月 JR氷見線 雨晴〜越中国分
Canon EOS KissDigital X + EF-S18-55mm/F3.5-5.6 IS
posted by くろやっこ at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道画像(西日本)<JR>